October, 9, 2025, 東京--量子科学技術研究開発機構(QST)関西光量子科学研究所(関西研)量子応用光学研究部、QST革新プロジェクト・量子メスプロジェクトの榊泰直上席研究員(九州大学 大学院総合理工学研究院 連携講座 客員教授を兼任)、小島完興主幹研究員らは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の諏訪田剛シニアフェロー、住友重機械工業株式会社、九州大学、山形大学との共同研究にて、レーザによって生成した高速のイオンをガン治療装置用に制御する技術を実証した。
現在の先端ガン治療装置には大規模な加速器を用いるため、治療装置全体が巨大にならざるを得ず、普及の妨げになっている。QSTは、既存の加速器をコンパクトなレーザ加速装置に置き換えることで治療装置の大幅な小型化を目指す「量子メスプロジェクト」を産学官連携にて進めており、このプロジェクトにて2023年には、レーザ加速イオン入射装置の原型機を世界で初めて完成させた。
重粒子線(炭素イオンなどの比較的重いイオン)を用いたガン治療では、速度の揃ったイオンを治療に必要な数だけ生成することが求められる。加速器と違いレーザ加速で生成したイオンは速度が不揃いであり、そのままでは重粒子線ガン治療装置に導入することはできない。
導入に最適な速度を持つイオン集団内の個数を増やす必要があるため、原型機にイオンの速度を目標値に整えるための「位相回転空胴」という装置を導入した。この装置により、目標速度を持つイオン集団内の個数を最大で10倍程度増大させ、10 Hz運転すれば量子メスに必要な個数(109個)に到達する見込みを得ることができた。また、この制御にて、非常に短い時間(10億分の1秒、1ナノ秒)に多数のイオン(1平方センチメートルあたり1000万個)が集められているという事をリアルタイムで観測することにも成功した。
この観測により、レーザを照射するたびに生成されるイオン集団は、従来の加速器よりも非常に短い時間においてイオン個数が100倍以上高密度であることが実証され、今回開発した技術は量子メスに適用できるだけでなく、短い時間に大量にイオンや中性子が衝突するような原子力材料の脆化(ぜいか)過程において時間を追って調査する耐久性評価試験や、材料科学や生命科学などでの応用が期待できる。
今後、さらなる開発を通じて必要なデータを集め、量子メスの最終形の設計を進めていくとともに、産業応用への可能性も検討していく。
研究成果は2025年9月27日(土)(日本時間0:00)にReview of Scientific Instruments(doi:10.1063/5.0274838)に掲載予定。この研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業大規模プロジェクト型「レーザ駆動による量子ビーム加速器の開発と実証」(JPMJMI17A1)の支援を受けて行われた。
(詳細は、https://www.qst.go.jp)