November, 1, 2024, 東京--
日本政府は我が国の半導体製造産業を復活させようと、世界最大のファンドリ、台湾・TSMCの製造工場の誘致や2nm先端半導体の研究・開発・製造を目指すRapidus支援のために大規模な投資を行っている。一連の動きは日本の半導体製造産業にとって最後のチャンス、成功しなければ二度と立ち上がれないとも言われている。
そんな中、9月16日(月)から20日(金)まで開催された第85回の応用物理学会(会長:京都大学・木本恒暢氏)秋季講演会の初日、「先端半導体が切り拓く未来社会 ~応用物理への期待~」というトピカルなテーマのシンポジウムが、新潟朱鷺メッセ(新潟県新潟市)とオンラインでハイブリッド開催された。
シンポジウムは、未来社会を拓く挑戦をしている6名の講師が、最先端半導体が描く未来像や応用物理学への期待、半導体人材への期待について講演を行うとともに、パネルディスカッションも行われるなど、学生や若手研究者にとって必見とも言うべき内容となった。
以下、講演タイトルと講師を紹介するとともに、次章では製造工程や検査工程において多くの光エレクロニクス技術が使われる先端半導体の行方を占う、Rapidus東哲郎氏による「半導体産業の持続的成⾧に向けて今、何故『最先端半導体』を選択したか?」の講演概要を紹介する。
◆オープニング(シンポジウム趣旨説明):染谷隆夫氏(東大)
◆半導体産業の持続的成⾧に向けて今、何故「最先端半導体」を選択したか?:東哲郎氏(Rapidus)
◆次世代サイバーインフラの研究開発:中尾彰宏氏(東大)
◆積層型CMOSイメージセンサの開発:梅林拓氏(ソニーセミコンダクターソリューションズ)
◆半導体量子情報デバイスの開発:樽茶清悟氏(理研)
◆Challenges in Advanced Semiconductor Industry Technology, Design, and Talents:Meng-Fan (Marvin) Chang氏 (TSMC)
◆先端半導体分野で輝く研究開発人財:戸津健太郎氏(東北大)
◆講演者によるパネルディスカッション
・半導体が未来社会に及ぼすインパクト・応用物理への期待・半導体に関わる人材への期待等
我が国の半導体製造産業の行方を握るRapidus
半導体の製造拠点は、今や日本を除く東アジアに集中している。残念ながら、その過程で日本はシェアを失っただけでなく、先端技術の空洞化の道を選択してしまった。自ら最先端ロジック半導体技術の開発は行わず、輸入という安易な方法に依存してしまったのだ。
半導体製造には今後、顧客の要求を満たす技術、スピード、コストが求められ、一方で汎用から専用化の流れがトレンドになってくると予想されている。だが、日本のロジック半導体製造技術レベルは未だ40nmだ。TSMCが九州・熊本に日本法人JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)を設立して半導体の開発・製造を行うが、それも28nm~12nmの半導体に留まる。もはや日本は、世界のリーダーに10年以上の遅れをとってしまった。
この状況を打破しようと、Rapidusは一気に2nmに挑戦する。過度な台湾依存からの脱却と先端半導体の開発・製造能力を確保するために北海道・千歳に研究開発・製造拠点を設けるとともに、日米欧の協力関係を強化し、今から10年20年先の半導体産業を支える「人財」育成も行うという。
2nm半導体は、急速に市場が伸びると言われているデータセンター、サーバ、エッジ、エンドポイント向けに、またAIの需要増に必須の半導体だ。その一方で、AI最大の問題点は消費電力と言われている。囲碁の勝負で人間に勝ったAlpha Goの消費電力は250kW、人間の頭脳が囲碁の試合に使うエネルギーを電力換算すると21Wだそうなので、実に1万倍以上の差がある。このままAIの普及が進めば、近い将来AIは地球のエネルギーを使い尽くしてしまう。
この解決策になると期待を集めているのが半導体の微細化だ。28nmに比べて2nmは実に25分の1の消費電力コストで済む。もう一つの解決策が半導体の汎用チップから専用チップへの移行だ。自動運転や自然言語処理、無人工場、家庭向けなどに専用化したAIチップならば、使用していない機能で電力を消費する汎用チップに比べ、電力を大幅に削減することができる。
専用化の決め手になるのがチップレット。すべての機能をワンチップ化するモノリシックではチップサイズが大きくなってしまい、歩留まりも低下、コスト増となってしまう。これに対し最適なノードで作ったチップを組み合わせ積層化するチップレット、とりわけ3Dチップレットはコスト削減と性能を大幅に向上させることができる。専用化が容易という特長も有している。
半導体の業界はいま3つの潮目の変化の時代が到来しているという。その3つとは、半導体テクノロジーとサプライチェーン、競争軸の3つだ。
Rapidusは半導体テクノロジーにおいて、なぜ最初から2nmを目指すのか。理由は合理的だからだという。2nmより手前のノードになると、TSMCなど先行メーカーは既に設備償却を終えコスト競争力をつけてしまっている。ここでコスト勝負を挑むのは得策でないのだ。東氏は「柔よく剛を制す」を「小よく大を制する」と言い換え、日本人の得意な「技」を活かせば「日本人にできないはずはない」と述べる。
サプライチェーンにおいては、国際連携で再構築を行うという。材料や製造装置に強みを持つ日本、イノベーティブな製品とR&Dを得意とする米国、基礎研究やグリーンテクノロジーが得意な欧州に加え、工学、設計、ソフトウェア分野に力を入れるインドも加えた連携を進めたいとしている。
AIがもたらす新たな競争軸がスピードだ。今後、既存の製品・サービスはAIと結合する。製品・サービスはパーソナライズ化、専用化、多品種化が進み、これらを限られた時間で市場に送り出さなければならない。これまで以上にスピードが重要になるのだ。
Rapidusは、これまで半導体業界が採ってきた製造の微細化を設計で対応するDFM(Design for Manufacturing)手法から脱し、AIとセンサによるMFD(Manufacturing for Design)手法を採用する。これは設計サイドの負荷を軽くしてサイクルタイムを短くするというもので、これにより設計・ソリューション、前工程、後工程において、世界最短のトータル・サイクルタイムを目指すとしている。
具体的には、前工程の全枚葉化によって取得するデータ数を圧倒的(約100倍)に増やしビッグデータを取得、このビッグデータを解析して設計にフィードバックするとともに、チップレットライブラリを構築してトータル・サイクルタイムを短縮する。ユーザによるカスタムチップレットにも対応する。
同社では、RUMUS(Rapid and Unified Manufacturing Service)モデルを掲げ、従来の垂直統合と水平分業を統合、垂直統合の良さを活かしながら設計、前工程、後工程の3つのプロセスを回しつつ、世界的な連携も進めてトータル・サイクルタイムを2分の1に短縮するとしている。
人材教育にも注力する。具体的には2022年12月に設立され、国立研究機関や大学など現在16機関で構成されているLSTC(Leading-edge Semiconductor Technology Center:技術研究組合最先端半導体技術センター、センター長:東哲郎氏)で2nm以降の研究開発を行うとともに、人材育成部門を創設して「人財」投資を行っていくとしている。Rapidusが成功するかどうか、日の丸半導体復活の成否がかかっていると言えそうだ。
「半導体技術は、民主主義の中で育って初めて人間の幸せにつながる」、「高い給料を得られる訳でもないのに、めちゃくちゃなスケジュールで働いている人達がいる理由として、日本がやらなければいけないという使命感を持った人達がいることを忘れないでほしい」、「日本にはまだまだ力があって、街に出てみれば日本人でなければ出来なかったであろう日本発祥の面白いもので溢れている。若い研究者にとって工夫のしどころのある、ある意味日本は良い国だと思う」。シンポジウムの最後に行われたパネルディスカッションで印象に残った発言(筆者要約)をここに記しておく。
(川尻 多加志)