May, 20, 2024, Dresden--量子科学技術研究開発機構(QST)関西光量子科学研究所 光量子ビーム科学研究部 先端レーザ科学研究グループ、西内満美子上席研究員、独国ドレスデンヘルムホルツ研究所(HZDR)のTim Ziegler博士研究員、Karl Zeilグループリーダー、英国インペリアルカレッジロンドンのNicholas Peter Dover研究員らの国際共同研究グループは、HZDRの高強度レーザ施設「Dracoレーザ」を用いて、過去四半世紀にわたり超えられなかったレーザによるイオン加速の世界最高到達速度(光速の約40%、運動エネルギーでは100MeV)を更新し、光速の50%(運動エネルギーでは150MeV)のイオンビーム(陽子)の発生に成功した。
粒子線がん治療は、患者の身体の外側から体内深部にあるがん細胞に向けて高速の陽子や炭素イオンなどのイオンビームを照射し、がん細胞を死滅させる治療法。その治療装置には大規模な加速器と専用の建物が必要であり、これが粒子線がん治療装置の普及を妨げる要因の1つとされている。加速器の大幅な小型化を可能とする技術として、高強度のレーザを利用して高速のイオンを発生する「レーザイオン加速」があり、その技術の高度化が、がん治療装置の大幅な小型化を実現し、その結果として治療の普及につながると期待されている。そのため、世界中の研究機関が過去四半世紀の間に世界最大規模のレーザ施設を活用して多くのイオン加速実験を実施してきた。しかしながら、これまで光速の40%を超えるイオンビームは発生できておらず、がん治療への応用の障害となっていた。
研究グループは、これまで、イオンを効率的に加速する多段階の加速手法を提唱していたが、今回その手法の実証実験を小型レーザDracoレーザ(世界最大規模のレーザ施設で発生できるレーザ出力のわずか五十分の一程度の出力)を用いて行った。レーザ光の条件(時間波形)を最適化することで多段階のイオン加速を実現した結果、世界最高速度に当たる光速の50%のイオンビームを、~20ミクロンメートル(µm)程度の領域で発生させることに初めて成功した。
粒子線がん治療には陽子で光速の約55%が必要だが、今回の結果は、その速度の90%に達しており、あと一歩というところまで近づいた。今後、より高強度のレーザを用いることで、既存の加速器を用いることなく、レーザ技術のみでがん治療にそのまま利用可能なイオンビーム発生が実現できると期待され、超小型のレーザ駆動・粒子線がん治療装置の完成に向けた大きなマイルストーンと位置付けられる。
この国際共同研究は、日本学術振興会・科研費JP22H00121、JP21KK0049の支援を受けて実施された。また、研究成果は英国科学雑誌『Nature Physics』のオンライン速報版に掲載された。
(詳細は、https://www.qst.go.jp)