December, 25, 2014, 和光--理研、キール大学などの共同研究グループは、X線自由電子レーザ(XFEL)施設「SACLA」から得られる硬X線とフェムト秒光学レーザを用いたポンプ・プローブ型の硬X線光電子分光法により、固体試料構成元素の内殻光電子スペクトルの時間分解計測に成功した。
光電子分光法は、測定対象の物質に一定エネルギーの電磁波をあて、光電効果により外に飛び出してきた電子(光電子)の運動エネルギーを測定し、物質の電子状態を調べる手法。しかし、自由電子レーザ光は、パルス幅が極めて短いうえ強度が大きく、測定対象物質から放出される光電子群が空間電荷効果をもたらし、光電子のスペクトルに悪影響を及ぼす。
共同研究グループはこれまで、SACLAからの超短パルス自由電子レーザ光を用いた硬X線光電子分光法を、物質内の過渡的な超高速現象の研究に有効活用するための技術を確立し、硬X線とフェムト秒光学レーザによる空間電荷効果の影響を調べ、それを制御することを目指してきた。今回、ポンプ・プローブ型の時間分解硬X線光電子分光法(trHAXPES)を確立し、空間電荷効果の影響が極めて少ない固体試料構成元素の内殻光電子スペクトルを得ることに成功し、それらが大型放射光施設「SPring-8」で得られる光電子スペクトルに比べて同水準であることを確認した。trHAXPESによって、従来困難であった固体の深い層にある構成元素の選択的かつ時分割的調査や、電子状態の過渡的な超高速現象の観察が可能になる。また、trHAXPESによる空間電荷効果の時間分解計測にも成功し、その時間依存性から、ポンプ光とプローブ光の同時照射時刻を高精度で見いだせることを突き止めた。同時照射時刻からのスペクトルなどの変化を調べると、測定対象物質の外部刺激に対する応答性などの性質を知ることができる。
共同研究グループは、ストロンチウム(Sr)とチタン(Ti)の複合酸化物であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO3、以下STO)と二酸化バナジウム(VO2)の薄膜を試料とし、ポンプ・プローブ型のtrHAXPES実験によって、試料の構成元素であるチタンとバナジウム(V)の内殻光電子スペクトルを観察。実験は、SACLAから得られる硬X線をプローブ光として、フェムト秒光学レーザをポンプ光として用いた。
まず、プローブ光である硬X線のみで実験を行い、超短パルス硬X線に起因する空間電荷効果を調べた。減衰板を厚くし、硬X線の強度を徐々に下げたところで、減衰板なし(100%)の場合のスペクトルから硬X線の強度を約5.7%まで減衰させた場合のスペクトルまで、ピークエネルギーが、空間電荷効果の緩和により4エレクトロンボルト(eV)低運動エネルギー側にシフトし、空間電荷効果の影響がほとんどない場合のスペクトル(大型放射光施設「SPring-8」で得られる光電子スペクトルと同水準のもの)が得られることが分かった。
次に、ポンプ光であるフェムト秒光学レーザに起因する空間電荷効果を調べた。ポンプ光の強度もプローブ光と同様に極めて強いため、莫大な数の光電子が放出される。これらはプローブ光によって放出される光電子に対して電荷の雲のように振る舞い、空間電荷効果としてピーク値のずれやエネルギー幅の増大に関与する。空間電荷効果のない条件(ポンプ光強度 ~ 0 μJ / パルス)に比べ、ポンプ光強度の強いところでは約1eVのピークシフトがあることが分かる。
さらに、ポンプ光とプローブ光それぞれの照射のタイミングをずらし、照射間の遅延時間を変えながら、STO試料からのチタンの内殻光電子スペクトルの時間分解計測を行い、空間電荷効果の現れ方の変化を観察した。内殻光電子スペクトルの時間分解計測に成功した。また、実験値と計算値を比べることで、エネルギーシフトの遅延時間依存性の極大値からポンプ光とプローブ光の同時照射時刻を高精度で見いだせることを突き止めた。これにより、同時照射時刻からのスペクトルなどの変化を調べることで、測定対象物質の外部刺激に対する応答性などの性質を知ることができるようになる。これは空間電荷効果の時間分解観察であり、trHAXPES実験の最初の応用例といえる。
研究グループは、理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター軟X線分光利用システム開発ユニットの大浦正樹ユニットリーダー、アシシ・チャイナニ専任研究員と、キール大学(ドイツ)のカイ・ロスナゲル博士、自然科学研究機構分子科学研究所の松波雅治助教、高輝度光科学研究センターの富樫格研究員で構成。
(詳細は、www.riken.jp)