February, 16, 2021, 東京--東京大学の研究グループは、モット絶縁体である有機分子性結晶κ-(ET)2Cu[N(CN)2]Cl (ET=bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene)に高強度のテラヘルツパルスを照射することによって、一定時間安定に存在する、強誘電性の電荷秩序状態を生成することに成功した。テラヘルツパルスの電場成分によってET分子の二量体内で電荷の偏りが生じ、その偏りが結晶全体で揃うことによって巨視的な分極が発生する。
一方、同様の結晶構造を持つκ-(ET)2Cu2(CN)3では、同様な電荷秩序状態は安定化しなかった。二つの物質における分子間反強磁性交換相互作用を比較した結果、κ-(ET)2Cu[N(CN)2]Clに特有の反強磁性交換相互作用が電荷秩序状態を安定化するのに重要な役割を果たしていることが分かった。これは、電荷秩序とスピン配列の間にマルチフェロイック相互作用と呼ぶべき強い相関があることを示唆している。
光によって固体の電子相が高速に変化する現象、いわゆる「光誘起相転移」は、非平衡量子物理学という新しい学問分野の中心課題であり、近年盛んに研究されている。これまで報告されてきた光誘起相転移の多くは、光キャリアの生成をきっかけとして電荷秩序やスピン秩序が融解する現象、すなわち、秩序状態から無秩序状態への変化が引き起こされることによるものだった。一方、光励起によって逆に秩序状態を生成することは難しく、これまでほとんど実現されていなかった。
この研究で得られた知見は、モット絶縁体が持つ「隠れた強誘電性」の理解に繋がるものと期待される。
研究の成果はNature Communicationsオンライン掲載された。
(詳細は、https://www.k.u-tokyo.ac.jp)
研究グループ
東京大学大学院新領域創成科学研究科の山川大路博士(研究当時大学院生)、宮本辰也助教、貴田徳明准教授、岡本博教授(兼産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ有機デバイス分光チーム ラボチーム長)、分子科学研究所協奏分子システム研究センターの須田理行助教(現京都大学大学院工学研究科准教授)、山本浩史教授、東京大学物性研究所の森初果教授、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の宮川和也助教、鹿野田一司教授ら