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ナノオプティクスとプラズモニクスの融合
日本光学会・ナノオプティクス研究グループが第27回研究討論会を開催

February, 4, 2021, 東京--1月22日(金)、日本光学会・ナノオプティクス研究グループ(代表幹事:慶大・斎木敏治氏)が第27回の研究討論会をオンライン開催した。
 同研究グループは、1994年に設立された近接場光学研究グループをその前身としており、同年第1回の研究討論会を開催、2004年から名称を現在のものに変更して、活動を続けて来た。
 研究討論会は、学生・若手をエンカレッジして行きたいという趣旨のもと開催されて来たもので、当初から討論に時間を割くことに重きを置いているという。この他、研究グループでは「ナノオプティクス賞」も設けており、優れた研究業績を挙げた研究者に授与しているとのことだ。

注目集めるナノオプティクス研究
 当日のプログラムを以下に示す。代表幹事の斎木氏は「開会の挨拶」の中で、今回の討論会は当初、山梨大で2日間にわたって開催する予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のためオンライン開催になったと説明。
 関連の国際学会では、同研究グループ主催で今年7月に北大で開催される予定だったThe 13th Asia-Pacific Conference on Near-Field Optics (APNFO13)が来年の7月29~31日に延期され、昨年カナダで開催されるはずだったThe 16th International Conference on Near-Field Optics(NFO16)も来年8月に延期されたとのことだ。
 今回の研究討論会では、2本の博士課程学生招待講演や若手による7本の発表を含む計11本の講演が行われたが、本稿ではナノオプティクスとプラズモニクスを融合させて革新的な研究を推進する東大・芦原聡氏によるチュートリアル講演と大阪府大の岡本晃一氏の招待講演を紹介する。

◆開会の挨拶:斎木敏治氏(慶大)
◆赤外超高速プラズモニクス~振動分光の新たなプラットフォーム~(チュートリアル講演):芦原聡氏(東大)
◆InGaN/GaN単一量子井戸型構造の不安定点滅現象に関する研究:藤井祐輔氏(横浜市大)
◆共振器QED系における光を介した複数分極間の同期現象:瀬崎陸氏(山梨大)
◆鏡像効果に基づくプラズモニックナノ共振器のフレキシブルな制御と応用(招待講演):岡本晃一氏(大阪府大)
◆光近接場を介した非マルコフ的励起移動に対する局所プローブ効果の理論的評価:矢崎智昌氏(山梨大)
◆誘電体メタサーフェスを用いた3Dホログラム:髙橋俊介氏(農工大)
◆散乱型走査型近接場光顕微鏡の偏光特性~高分子球晶を通して~:岡本拓也氏(東工大)
◆金属-絶縁体-金属型ナノキャビティの固有モード共鳴によるフェムト秒プラズモン波束の時間-空間変調(博士課程学生招待講演):伊知地直樹氏(筑波大)
◆半導体原子層薄膜における極端非線形光学現象(博士課程学生招待講演)永井恒平氏(京大)
◆誘電体メタ原子を用いた超薄型アキシコンメタレンズの開発:高木鴻佑氏(農工大)
◆DNA表面増強ラマン散乱による塩基配列識別に向けた金ナノ粒子二量体形成:池田拓未氏(慶大)

赤外超高速プラズモニクス~振動分光の新たなプラットフォーム~(チュートリアル講演)
 赤外光は、分子振動との共鳴相互作用を通じて分子構造を読み取ることができることから、振動分光において非常に重要な役割を担っている。中でも高い輝度を有する赤外超短パルスは、振動分光の高速化・高感度化を可能にすると注目を集めている。
 その応用としては、集束性や指向性が良いので顕微計測やリモート計測が挙げられるが、高感度・高速・短時間計測が可能なことから、その特性を活かし有毒ガスの検知や呼気診断、血液分析などへの応用研究が進められている。
 さらには、ポンプ光とプローブ光を用いて時間分解が可能なので構造変化ダイナミクスを追跡でき、化学反応に関わる分子振動を選択的に励起できることから、最小のエネルギーで反応制御ができるという特長も有している。電場波形を自由に操ることができるので、分子励起にとって新しい自由度を提供すると期待を集めている。
 ただ、赤外分光法は分子構造を見分ける能力は高いものの、分子と相互作用する確率が低いという課題を抱えていた。電子遷移と比較すると振動子強度が100分の1以下と小さいので、十分な相互作用が得られないのだ。この難題に対し、東大の芦原聡氏は赤外フェムト秒パルスによるプラズモニック電場増強効果を用いて赤外光と分子振動の相互作用を増強させることに成功、非線形振動分光の超高感度化と化学反応制御を実現した。
 具体的には誘電体基板上に金ナノアンテナ(ナノロッド)を作製、そこに赤外フェムト秒パルスレーザを照射して局在表面プラズモンを励起させて電場増強を達成するとともに、ナノアンテナをアレイ化することによって赤外非線形分光の超高感度化も実現した。個々のナノアンテナのプラズモン効果に加え、周期的なアレイ構造によってアンテナ同士の集団的共鳴を作り出し、ポンプ・プローブ分光測定を行ったところ、10nJのパルス照射でナノアンテナのない場合と比べ、局所的に10の6乗~7乗倍、面平均で10の3乗倍の信号増強に成功した。
 一般的な過熱による化学反応は、そのエネルギーが目的とする反応に関わらない運動にも分配されてしまい、多くのエネルギーが無駄になってしまう。芦原氏は、反応に関わるモードを誘起することで所望の反応を促進するモード選択的化学の概念に基づき、多段階振動励起によって特定分子(CO)を強く揺さぶり、その分子結合を解離(切断)することに成功した。金ナノアンテナを配列して、赤外チャープパルスを付加することで実現したもので、凝縮相では世界初の成果だという。
 さらにチャープを1時間照射したところ、新しいバンドの成長も観測できた。解離反応の制御とともに分子トラッピングができたことを示すものだという。
 赤外パルスは高感度分光のみならず、分子構造スナップショットの撮影や化学反応制御、材料加工を可能にし、プラズモニクスは赤外パルスを用いた振動分光・化学反応制御を著しく強め、その研究に大きな飛躍をもたらすと芦原氏は指摘した。

鏡像効果に基づくプラズモニックナノ共振器のフレキシブルな制御と応用(招待講演)
 大阪府立大の岡本晃一氏は、プラズモニックナノ共振器が簡便・安価に作製できるとして、金属基板上に誘電体スペーサ層を堆積させ、その上に形やサイズが不揃いなナノ半球をランダム配列させたNano Hemisphere on Mirror(NHoM:にょむ)構造を提案・作製した。
 これは、金属ナノ構造の電場振動とその鏡像モードがコヒーレント結合することで非常に強い光閉じ込め効果が現れるという現象を利用したもの。有限差分時間領域(FDTD)法で計算を行ったところ、超微細加工技術で作製したナノ光共振器と同等、もしくはそれ以上の共鳴スペクトルの分裂・増大・先鋭化が得られたという。スペーサ層の膜厚を変えることによって150nm以下の深紫外域から1000nm超の近赤外域までの広範な波長域でのスペクトルのフレキシブル制御も可能で、センサや発光増強にも応用できるとのことだ。
 岡本氏は、鏡面上に物質を置いた時に起こる鏡像効果によるモード結合は、強く光と相互作用する物質であれば普通に起こる基本的な現象だと指摘する。この現象は、3次元金属ナノシートや金属ナノ半球構造以外にも量子ドット多重薄膜、誘電体ナノ構造、半導体量子井戸でも散見することができ、これらもプラズモニック・メタマテリアルの一種だと述べた。
 一方、励起子の量子井戸間移動によって生じる高効率な発光については、ランダムウォークモデルでは説明が不可能であり、量子ウォークの関与の可能性があるとも指摘、そこから室温動作量子デバイスとしての応用の可能性を示唆した。岡本氏は、金属ナノ構造の光アンテナ効果で起こる双極振動子の光放出増加によってパーセル効果をFDTDシミュレーションで再現することにも成功しており、これにより高効率発光の詳細な評価・制御やダークモードである4重極振動も発光増強に利用できることを示して講演を終えた。

 前述の国際学会「APNFO13」を含め、同研究グループの活動については、下記ULRに情報が掲載されている。ご興味ある方はクリックの上、ご参照願いたい。
http://www.nano-optics-group.org/
(川尻 多加志)