November, 16, 2020, 東京--戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の第2期課題「光・量子を活用したSociety5.0実現化技術」公開シンポジウム2020が11月9日(月)オンラインで開催された(主催:内閣府/量子科学技術研究開発機構
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、我が国における経済の再生と持続的な経済成長の実現には科学技術イノベーションが不可欠との認識のもと設置された内閣府「総合科学技術・イノベーション会議」が、府省の枠や旧来の分野の枠を超えて科学技術イノベーションを実現するために創設したもの。国民にとって真に重要な社会的課題や日本経済再生に寄与できる、世界を先導する研究に取り組んできた。
平成26年度から平成30年度までの5年間は、第1期として11課題(「重要インフラ等におけるサイバーセキュリティの確保」のみ平成27年度から令和元年まで)に取り組み、平成30年度からは第2期として12課題が採用され、「光・量子を活用したSociety5.0実現化技術」もその一つとして研究が進められている。SIPの特長としては、各課題を強力にリードするプログラムディレクター(PD)を中心に産学官連携を図るとともに、基礎研究から実用化・事業化、すなわち出口までを見据えて一気通貫で研究を推進するという点が挙げられる。
光・量子を活用したSociety5.0実現化技術
「光・量子を活用したSociety5.0実現化技術」のプログラムディレクターを務めるのが西田直人氏だ。研究計画の策定などのマネジメントを担当し、管理法人としてはQSTが課題を円滑に推進するとともに、研究の進捗管理を行うという体制が採られている。
Society 5.0の実現の鍵となるのが、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたサイバーフィジカルシステム(CPS)の構築。レーザ加工においては、複雑な物理現象を伴うため加工条件のデジタル化が容易ではなく、そのCPS化が非常に難しいとされていた。同プロジェクトでは、日本が強みを持つ光・量子技術を活用して、CPS構築における社会・産業界共通の投資を阻むボトルネックの解消を目指している。
プログラムは、CPS型レーザ加工によるスマート製造の実現(レーザ加工)、サイバー空間における絶対安心なデータの流通・保管・利活用(光・量子通信)、スマート製造に必要な情報処理の高速化・高精度化(光電子情報処理)の3つの研究領域で構成されている。
「レーザ加工」領域(サブPD:安井公治氏)は、さらに3つの課題に分かれ、①CPS 型レーザ加工機システム(研究責任者・小林洋平氏:東京大学物性研究所教授)、②空間光制御技術(研究責任者・豊田晴義氏:浜松ホトニクス中央研究所副所長)、③ フォトニック結晶レーザ(研究責任者・野田進氏:京都大学大学院工学研究科教授)の研究を行っている。
「光・量子通信」領域(サブPD:佐々木雅英氏)では、ゲノム情報や生体認証用参照データ等の高度かつ長期に秘匿すべき個人情報の他、CPSで創造される付加価値の高い情報やゲノム情報・電子カルテ情報など、長期間秘匿すべき情報の安全な伝送・保存を実現する量子暗号・量子セキュアクラウド技術の研究を行っている(研究責任者・藤原幹生氏:情報通信研究機構未来ICT研究所量子ICT先端開発センター研究マネージャー)。
「光電子情報処理」領域(サブPD:西田直人)では、イジング型コンピュータ、NISQコンピュータ、誤り耐性ゲート型量子コンピュータ等の次世代アクセラレータを適材適所に利活用することで、Society 5.0に資するアプリケーションプログラム全体を高速・高度化し、従来の計算方法に比べ格段に高速かつ高度な処理・解析が行える次世代アクセラレータ基盤の研究を行っている(研究責任者・戸川望氏:早稲田大学基幹理工学部情報通信学科教授)。
整備段階に来たCPSプラットフォーム
プログラムの期間は5年間、本年度は事業研究期間の中間年度にあたる。研究は全ての課題において前倒しで進められているという。年末から年始にかけ中間評価を受ける予定だ。なお、同プログラムは昨年、第2期12課題の中で最も高い評価を受けたとのことだ。
西田氏は、「3つの領域におけるCPS要素技術の成果によってCPS構築の投資を阻むボトルネック解消の素地は整い、CPSプラットフォームは整備段階に来ている」と述べた。
公開シンポジウムは、広報活動として毎年1回行われており、今回は研究成果の社会実装に向けた取り組みに焦点を当てたという。主催者によれば、今回のオンラインシンポジウムは約400名が視聴した。先ずは当日の登壇者の方々を記し、次章で各研究成果の概要を紹介する。
◆開会挨拶:平野俊夫氏(QST理事長)
◆主催者挨拶:須藤亮氏(SIPプログラム統括・内閣府政策参与)
◆プログラム紹介:西田直人氏
◆研究成果発表:小林洋平氏、豊田晴義氏、野田進氏、藤原幹生氏、戸川望氏
◆ビデオメッセージ:フラウンホーファー研究機構(ドイツ)、オランダ応用科学研究機構(オランダ)、工業技術研究院(台湾)
◆CPSプラットフォーム・オンライン討論:西田直人氏、安井公治氏、佐々木雅英氏、戸川望氏、小林洋平氏、豊田晴義氏、野田進氏
◆主催者謝辞:茅野政道氏(QST理事)
最新の研究成果
★CPS 型レーザ加工機システム:広大なパラメータ空間の加工試験と計測評価を無人化し、スマート化の鍵となる大量データ取得を実現するマイスターデータジェネレータ(MDG)が稼働。AIを用いたパラメータ探索の自立化によって、特定加工における加工方式の初期選定リードタイムの9割削減に目途をつけた。
他のプロジェクトとの連携も進め、CPSを支える加工シミュレータの開発を進化させており、大手製造業からレーザ加工機メーカ、材料メーカまで、サプライチェーンの各レイヤー30社以上にヒヤリングを実施してボトルネックを確認、連携体制・出口戦略を更新した。社会実装のために設立されたTACMIコンソーシアムは現在73法人、76グループが参画している。
パートナー展開としては、九州大学に東大のCPS化システムのノウハウを提供、これにより昨年から半導体材料の改質をモチーフとしたパイロットプロジェクトがスタートした。
★空間光制御技術:レーザビームを自由に制御できる空間光制御デバイス(SLM)とその応用技術を開発して、高精度かつ高スループットな加工を実現することを目標に掲げる。
研究成果としては、SLM(16×12mm)の耐光性を約10倍向上させ、産業用高出力パルスレーザ(1μm帯)への対応を可能にした。さらに耐光性能を10倍以上向上できる大面積(30×30mm)SLMも試作評価中だ。宇都宮大では、空間光制御とデジタルフィードバック制御とを統合した新しいレーザ加工を開発、ガラスの7点同時加工において100回のフィードバックを行い1μmの溝加工で99%という均一度を実現した。
社会実装では、浜松拠点と宇都宮拠点において加工デモを実施、ポストコロナ時代のアウトリーチとして、デジタルコンテンツの蓄積によるバーチャル展示を積極的に活用する試みも進めている。
★フォトニック結晶レーザ:フォトニック結晶レーザ(PCSEL)の結晶構造の進展(2重格子フォトニック結晶)と裏面射出光の活用によって500μmΦデバイスでビーム拡がり角度~0.1°、高効率0.8W/Aを実現(パルス動作にて輝度1GWcm-2sr-1に迫る)。高輝度特性を活かし、高い分解能とレンズフリーで小型化が可能なPCSEL搭載LiDARシステムの開発に世界で初めて成功した。
様々な方向へビーム出射が可能なPCSEL技術も確立、オンデマンドなビーム走査(複数方向の同時走査も含めて)も実現した。さらに、将来のスマート加工システムの簡略化に向け、3mmΦ大面積デバイスを試作、100W超の高出力(パルス動作)で、M2=4~6の良好なビーム品質の動作を実現した。
社会実装においては、京大桂キャンパスの拠点を通じ、直接アウトプットとしてPCSELそのものの「モノ」と、PCSELの製造等に関するデータ、インテリジェンス等の「コト」を提供する。
★量子暗号技術(量子暗号・量子セキュアクラウド技術):レーザ加工拠点における重要回線の秘匿化を行うとともに、秘密分散と秘匿通信技術を用いた電子カルテ保管・交換システムを開発、南海トラフ地震等の災害想定実験において医療データを迅速に復元することに成功した。
ゲノム解析データの秘匿化・秘密分散では、実データを用いた実証データに移行。生体認証データの高秘匿・高可用性な伝送・保管を量子暗号・量子セキュアクラウドを用いて実現、ナショナルチームのスポーツカルテなどへの応用を実施した。金融分野への応用も実施する計画で、遠隔医療向け4K高精細動画の高秘匿伝送実験も行った。
グローバルベンチマークの結果、日本企業の量子暗号装置は海外製の10倍高速で2倍の長距離性を持ち、特許ランキングもトップクラスであると確認。今年度目標である従来比1/2の小型化・低コスト化にも目途が立ち、2022年度の従来比1/4の低コスト化も着実に進展しているという。
今後は、安心・安全ブランドを確立し、鍵供給ビジネスでシェアを奪還するとともに、量子セキュアクラウドのソリューション事業で新たな市場を開拓、日本量子ブランドを確立して、国際競争において優位に立つことを目指す。
★次世代アクセラレータ基盤:次世代アクセラレータのコデザインの基本アルゴリズム・プロトタイプが完成、イジング型コンピュータ、NISQコンピュータ、誤り耐性ゲート型量子コンピュータ、古典アクセラレータなど、各種の次世代アクセラレータを適材適所で活用するため、自由に組み合わせてアプリケーションプログラムを実行できるハイブリッドプラットフォームを構築した。
社会実装と実証例としては、物流倉庫における作業者最適配置の実証実験で30%の作業効率改善に成功。これまで難しかった現象解析が可能となることで、レーザ光源の開発やレーザ加工時の状態解析への応用も可能になるという。
社会実装コンソーシアム「QPARC」を利用して仲間づくりを行うとともに、さらなる研究を促進していく計画で、API(Application Program Interface)を通じた開発ライブラリを試験的に公開する量子計算クラウドサービス「Qamuy」もスタートさせた。APIを公開して自由に使用してもらうことで、利用者の事業に役立ててもらう。
研究成果発表の後に行われたCPSプラットフォーム・オンライン討論では、「参画したいと言う企業を断ることはしない」、「この3領域は日本が世界で勝てそうな分野。勝ちに行く決意を新たにした」といった前向きな発言があり、視聴者からも数多くの質問が寄せられた。西田氏は最後に「CPSプラットフォーム構築には、関係する方々の協力が必要不可欠。ぜひ参画を」と呼びかけ、討論会の幕を閉じた。なお、プログラムの詳細については、下記URLを参照していただきたい。
https://www.qst.go.jp/site/sip/
(川尻 多加志)