January, 7, 2020, 東京--暮れも押し迫った昨年の12月20日(金)、秋葉原UDXカンファレンス(東京都千代田区)において、産業技術総合研究所(産総研)電子光技術研究部門の主催、光産業技術振興協会(光協会)の共催のもと、第9回電子光技術シンポジウムが開催された。
産総研・電子光技術研究部門では、電子技術と光技術、およびその融合領域に関連する最先端の研究開発と新産業創出の展望に関する情報を紹介するとともに、同研究部門を中心とした最新の研究成果を紹介することを目的に、平成24年から電子光技術シンポジウムを開催してきた。
これまでに開催されたシンポジウムのテーマは、第1回が「電子光技術が拓く未来の可能性:安全・安心で持続可能な社会の実現に向けて」、第2回「電子と光の新しい潮流:情報通信社会の持続的発展を担う新材料・新技術」、第3回「電子と光の融合を目指して:ネットワークからインターコネクションへ」、第4回「超短パルスレーザーの応用とポータブルセンサの未来」、第5回「電子・光デバイスの未来技術:革新的材料技術が拓くイノベーション」、第6回「光技術の医療・ヘルスケアへの展開」、第7回「フォトニクスが拓く超スマート社会:VICTORIES拠点の10年と光ネットワークの新しい展開」、第8回が「新世代コンピューティング」となっている。
今回のテーマは「機能性マテリアルの設計と実証:電子・光デバイスのイノベーション開拓に向けて」だ。材料開発は、我が国の得意とする分野だが、近年マテリアルズ・インフォマティクスに代表される新たなアプローチの進展や高度な合成技術の開発、新規応用分野の開拓などによって、その様相は大きく変わろうとしている。シンポジウムでは、革新的材料を基盤とした電子・光デバイス開発の現状と将来展望に関して、斯界で活躍中の研究者による講演とともに、同研究部門で進められている最新の研究成果が紹介された。
産総研・電子光技術研究部門
電子光技術研究部門では、安全・安心な社会を目指すとともに、持続可能な形で情報社会を発展させていくため、情報の処理、伝送、記録、センサ、ディスプレイなど、電子と光に関わる技術の研究開発を行っている。また、光や電子の特性を生かした新たな科学技術分野の創出、省エネルギー社会の実現、医療や製造技術につながる技術の研究開発にも取り組み、ネットワークからインターコネクションまで、情報伝送のための光と電子の融合技術(光情報技術)、光パルスやプラズマを用いた医療・製造技術(光応用技術)、強相関電子系、超伝導材料、有機材料、化合物半導体等、電子・光技術の新たな応用の拡がりを目指した理論や材料、素子の研究開発(新原理エレクトロニクス)など、3分野において研究開発を推進してきた。
研究スタッフは現在279名、その内訳は兼務を含む常勤職員が100名、契約職員・技術研究組合・外部研究者等が179名となっている。光情報技術、光応用技術、新原理エレクトロニクスの3分野での研究開発テーマとアクティビティ、構成する研究グループは以下の通りだ。
◆光情報技術:「光通信の極限へ:光インターコネクションから光パスネットワークまで」をテーマに、超スマート社会の実現に向け、ラック間から広域網までカバーする超低電力光パスネットワークと機器内向け超高密度データ伝送に関する研究開発を行っている。デバイス技術開発とそのエコシステム形成に取り組むシリコンフォトニクスグループ、電子光融合実装技術を開発する光実装グループ、システム集積技術に取り組むフォトニクスシステムグループで構成され、新しいフォトニクスの創出を目指す。
◆光応用技術:先進プラズマプロセスグループ、先進レーザープロセスグループ、分子集積デバイスグループで構成されており、「安全安心社会の実現へ:超短パルス光・プラズマ発生技術と生産プロセス・医療・計測技術への応用」をテーマに掲げ、極限計測技術や次世代加工技術への応用を目指して、超短パルスレーザ開発や短パルス光プロセス、プラズマプロセスなどの加工応用研究を推進、エレクトロニクスおよびライフ・医療分野での技術革新、新材料開発に貢献する。分子の自己組織化を活用した新規な光機能性材料の開発を通して、光エネルギー利用の新たな可能性も探索している。
◆新原理エレクトロニクス:メゾスコピック材料グループ、光半導体デバイスグループ、超伝導エレクトロニクスグループ、酸化物デバイスグループ、強相関エレクトロニクスグループで構成されており、テーマは「革新的電子光技術の創出:機能性材料の探索から省エネルギーデバイスの開発まで」。情報通信機器やネットワークが扱うデータ量の爆発的な増大により電力消費が大幅に増加し、情報通信機器、データセンター、ネットワークの低消費電力化、エネルギーの高効率利用に関する技術の開発が必須となっている状況の下、高温超伝導体や強相関酸化物などの機能性酸化物、化合物半導体、有機半導体を中心に、省エネルギーに貢献する機能性材料の探索や従来技術の延長では達成できない極限的省エネルギーデバイスの研究開発を行う。
プログラム
当日行われた開会・閉会の挨拶、招待講演ならびに産総研・電子光技術研究部門講演のタイトルと講演者を以下に記す。
【開会挨拶】
金丸正剛氏(産総研・理事/エレクトロニクス・製造領域長)
小谷泰久氏(光協会・副理事長/専務理事)
【招待講演】
「計算物質科学の立場からの新物質開発について」常行真司氏(東大 大学院理学系研究科・教授)
「マテリアルズ・インフォマティクスによる高性能磁石の開発」三宅隆氏(産総研 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター)
【電子光技術研究部門講演】
「磁性元素を含まない磁性体の理論設計」長谷泉氏
【招待講演】
「新しい光電子機能性酸化物」小俣孝久氏(東北大 多元物質科学研究所・教授)
【電子光技術研究部門講演】
「新しいp型透明酸化物」菊地直人氏
「強相関電子材料」渋谷圭介氏
「有機強誘電体の開発」堀内佐智雄氏
「光で操る有機材料」則包恭央氏
【招待講演】
「マテリアルズ・インフォマティクスによる新超伝導体開発」高野義彦氏(物質・材料研 ナノフロンティア超伝導材料グループ)
【電子光技術研究部門講演】
「固体化学的アプローチによる機能性複合アニオン化合物の開発」荻野拓氏
「コンビナトリアルケミストリーを活用した新奇超伝導体の開発」伊豫彰氏
【閉会挨拶】
森雅彦氏(産総研・電子光技術研究部門長)
新材料探索の道
開会挨拶を行った産総研の金丸正剛氏(写真)は、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏のリチウムイオン電池開発の例を挙げ、「新しい材料が世の中を変えていく」と述べるとともに、「最先端の材料開発技術はIT技術の進歩が支えている」として、材料開発においてITやAIを活用する重要性を語った。
同じく開会挨拶をした光協会の小谷泰久氏は、「電子技術や画像処理技術、AIなど、ソフトウェア系の技術も含めないと、光産業そのものが成り立たない」と述べ、さらに2020年に光協会は創立40周年を迎え、2月19日(水)リーガロイヤルホテル東京(東京都新宿区)で開催される「光産業技術シンポジウム」を皮切りに、各種記念事業を行っていくと述べた。
シンポジウムでは、革新的な材料をもとにした様々な電子・光デバイス開発の最新状況が紹介されたが、新材料の探索手法としてマテリアルズ・インフォマティクス(MI法)と、対照的とも言えるコンビナトリアル・ケミストリー(CC法)が紹介された。
新材料の探索は、これまで研究者の経験とそれに基づく洞察力によって可能性のある領域内を定め、その中を絨毯爆撃的に調べるという方法が採られていた。これに対し、近年ではビッグデータからAIを用いて有用な情報を引き出すことが可能になり、材料科学分野でもデータ科学を活用して候補材料を絞り込み、少ない実験で新材料を見出すことが可能になりつつある。
その一例として「マテリアルズ・インフォマティクスによる新超伝導体開発」を講演した物質・材料研の高野義彦氏は、膨大な無機物質の結晶構造データから計3回のスクリーニングを行うことによって超伝導物質の発見に結び付けることに成功、データ科学によって新機能性物質を探索するMI法の有用性を示した。
一方、「コンビナトリアルケミストリーを活用した新奇超伝導体の開発」を講演した産総研の伊豫彰氏は、CC法は効率的な新超伝導物質の発見が可能であり、ハイスループットスクリーニングを組み合わせることで材料開発を加速できると指摘。未知の物質やCC法でしか発見し得ない超伝導物質も発見できたとして、今後はMI法とCC法の融合も検討していると述べた。
講演後、人口の多い中国などが優位ではないかという趣旨の質問が出たが、会場からは「海外の場合、研究チーム内で成果の取り合いが起こり、データを他人には見せないということもしばしば見受けられる」との指摘があり、これに対して「日本の強みはコラボレーションであり、情報の共有である」という声が上がった。「材料をつくる前に人間をつくる」のが重要で、これは「日本の得意とするところで、これがあれば日本は負けない」というコメントは印象的であった。
最後に閉会挨拶を行った産総研の森雅彦氏は、近年では研究から実用化までの時間が短くなっており、企業においては2年という話まであるとした上で、これに対し「材料開発は20年、30年という歳月がかかる地道な研究開発なので、研究資金を持ってくるのが大変」と指摘。しかしながら、一旦新しい材料開発に成功すれば「社会に大きな変革をもたらす」と強調、この分野の特徴である共同研究において「産総研を上手く使って頂き」、そして「世界を変える材料開発を行いたい」と述べ、シンポジウムを締め括った。
(川尻 多加志)