June, 8, 2016, 東京--放射光施設における軟X線を利用した磁気円二色性測定は、最近の技術革新により薄膜やナノサイズの極小試料における磁化の観測が元素別に可能になるなど、物質科学だけでなく、次世代のデバイスとして期待されているスピントロニクスへの応用が期待されている。一方、スピントロニクスにおいては、高速化に向けてスピンの制御を磁場でなくレーザなどの光により行うことが求められている。
東京大学物性研究所の和達大樹准教授と同大学院工学系研究科の十倉好紀教授らの研究グループは、ドイツのHelmholtz-Zentrum Berlinの研究グループと共同で、強磁性で絶縁性を示す鉄酸化物BaFeO3の時間分解磁気円二色性測定を行い、レーザを照射することにより消磁と絶縁体から金属への転移の観測に成功した。さらにレーザ強度を上げていくことで、絶縁体であった薄膜が金属化すると同時に消磁していく時間が短くなることが分かった。
この研究成果は今後、レーザによる磁気情報の書き込みなどの際に、レーザ強度によって場所ごとに書き込む情報を変えるなどの応用につながることが期待できる。
研究では、強磁性でかつ電気を流さない絶縁体である鉄酸化物BaFeO3の薄膜に注目した。このBaFeO3における鉄の価数は4価で、同じ鉄の4価には電気を流す金属性の物質SrFeO3があり、結晶構造もほぼ同じで格子定数が異なるだけであるため、BaFeO3にレーザを照射することで温度の瞬間的な上昇を引き起こし、磁化を消す消磁だけでなく、絶縁体から金属への変化も期待できる。研究では放射光軟X線を用いた時間分解磁気円二色性測定により、レーザ照射後のBaFeO3薄膜の鉄のスピンの変化の様子の観測を目指した。
時間分解磁気円二色性測定はドイツの放射光施設BESSY IIで行った。測定に用いた鉄酸化物の薄膜は、5mm×5mmの基板上に作製されており、単結晶で膜厚は50nm程度。照射したレーザの強度が弱い時には150ps程度の遅い時間スケールで消磁がみられるが、強い時には消磁の時間スケールが放射光の時間幅である70ps程度に埋もれており、消磁速度の振る舞いがはっきり変化したことが見て取れる。これはレーザ強度が高い場合に絶縁体金属転移が起こったためと考えられる。
そのメカニズムとしては、レーザにより励起される電子が一定の数を超えると金属状態が実現し、スピンの温度も速やかに上昇して早い消磁が起こると考えられる。
研究により、鉄酸化物において消磁と金属化の観測に成功した。絶縁体金属転移を利用すれば、レーザ強度に応じてスピンの振る舞いが変わる。今後、室温で強磁性を示す同様の物質において、レーザによる磁気情報の書き込みなどの際に、熱アシスト磁気記録と同様にレーザ強度によって場所ごとに書き込む情報を変えるなどの応用につながることが期待できる。
(詳細は、http://www.t.u-tokyo.ac.jp/foe/index.html)