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最新LEDチップ化レーザ技術を見える化
井上 憲人
高輝度LED 市場は、年平均数十%の勢いで伸びていくと予測されているが、その前提になっているのは数量の増加と半導体製造の習熟曲線に沿った製品価格の下落だ。LEDチップの低コスト化に貢献する加工装置の一つになり得るとして、ディスコはステルスダイシング技術を利用したレーザソーを製品化した。
ディスコは、高輝度( HB )LED 用サファイアのチップ化工程の品質、歩留まりを大幅に向上させる新たなソリューション、「サファイア基板のステルスダイシングプロセス」を開発した(図1)。 ディスコは、すでにシリコン向けのステルスダイシング装置を浜松ホトニクスと共同で製品化している。レーザソーとしては、他にアブレーションを利用するものがある。アブレーションとは、加工対象となるウエハ表面の微小エリアを昇華/蒸発させる加工法。これに対して、ステルスダイシング(SD)法では加工対象物の内部に集光することで内部に改質層を形成する技術(図2)。シリコンの場合、材料透過性のある波長を利用してウエハ内部にSD層を形成する。この技術を開発した浜松ホトニクスは、シリコンウエハの60μm ポイントを焦点位置として加工した例を紹介している。同社の実験によると、焦点付近では40nsで温度が5000℃以上に上昇したと報告している(1)。
これと同じことをサファイア基板で実現するために、「最適な光学系と発振器を選択した」とディスコ営業技術本部マーケティンググループリーダー、川合章仁氏は説明している。使用しているレーザの波長などに関する情報は公開されていない。サファイア基板用に用いられている市販のレーザソーでは、波長355nm が用いられているが、この波長がそのままディスコのSD法でも用いられているかどうかについては、川合氏はコメントを避けている。
同氏の説明では、レーザの波長はもちろんだが、その他のパルス幅、パワー、焦点位置、焦点距離、材料の吸収特性などについては一切触れていない。触れない理由の一つは、加工対象となるデバイスによってこれらのパラメータを変え、歩留まりを最大化するように調整する必要があるとディスコが考えているためのようで、川合氏は数値化を避けたアプローチで従来技術に対するSD 法の優位性の説明を展開する。
チップ化技術間に大差
LED をチップ化する加工技術として、ディスコはダイヤモンドスクライバ、アブレーション加工、ステルスダイシング法の三つを挙げて比較している。比較する項目は、歩留まり、輝度、加工スループット、オペレータ負荷、初期コスト(CAPEX)、ランニングコスト(表1)。これらのうち、最も重要な項目は歩留まりと輝度。「輝度」とは、加工によって起こる輝度劣化の程度を指している。加工対象がHB-LEDであるため、加工の結果、輝度劣化が激しいようでは「良品率」が低下することになり、加工装置として合格点が得られないことになる。HB-LEDチップメーカーの収益の多寡は「良品×スループット」となるため、現状の2インチのウエハから4インチ、6 インチへと移行するにつれて、高いスループットで良品を量産する装置がベストということになる。
「オペレータ負荷+ ランニングコスト」はOPEXとなるが、フルオートのレーザソーになるとダイヤモンドスクライバに対して優位性が際立つことになる。CAPEXが問題にされることもあるが、LED のようにマスプロダクト製品ではCAPEXのウエイトは小さいと考えた方がよさそうだ。CAPEXを心配して「良品×スループット」が低い装置を導入すると、将来の製品価格ダウントレンドを追えなくなり、再投資を強いられる羽目になりかねないからだ。
ここまでは一般論だが、ここからはディスコが示している比較表の内容に触れてみる。この採点表が、同社製品のチップ化技術のみの比較であっても、競合製品も含めた技術の比較であっても、3段階の比較だけからROI(投資収益率)を判断することは難しい。ここでは、各項目の◎、○、△で示されているところについて川合氏にコメントしてもらい、それぞれについてどの程度の差があるかに立ち入ってみた。
まず歩留まりだが、ダイヤモンドスクライバについて川合氏は、「ダイヤモンドスクライバは、人的要因で品質のばらつきがある、歩留まりが不安定な加工プロセスだ」と指摘している。作業者によって品質がばらつくとは、歩留まりが個人のスキルに依存していることを意味している。この点からすれば、スキルのある作業者の確保が難しい新規参入企業にとっては、ダイヤモンドスクライバは選択肢から外した方がよいことになる。
「主に中輝度LED を製造している台湾メーカーは、ほとんどアブレーションレーザソーを導入している。アブレーションで数十μm の溝を掘り、ブレーキングする。歩留まりに関しては非常に安定している。」
この川合氏の言う「安定」を、HBLEDで見たときの表との比較で見ると、「SD法より低いところで、アブレーション加工の歩留まりは安定している」と言っていることになる。アブレーション加工は、ディスコのレーザソーでもすでに実績がある。その実績から、「歩留まりが大きく変動することは少ない」という意味で「安定」と表現していることになる。
SD 法に関しては、同社はこれまでに試作機も含めて1年以上のサンプル加工を行ってきた。その結果として、ステルスダイシングの歩留まりに◎をつけている。この◎は、SD法の歩留まりが「安定している」とは言っていないが、少なくともHB-LED加工時にはアブレーション加工より高いところにあることを示している。
次に「輝度」について見ると、表はダイヤモンドスクライバとSD法に同じ評価を与え、アブレーション加工に対して優位性があるとしている。「輝度」評価が同じでも、歩留まりとスループットの評価が2段階低いダイヤモンドスクライバは、量産装置には適さない。量産メーカーは、レーザによるアブレーション加工法とSD法との違いにだけ注目すればよいことになる。
「アブレーション加工法の問題点として、熱がエピ層にダメージを与える点が挙げられる。ダイヤモンドスクライバで割断した場合と比較して、デバイスによって異なるため一概には言えないが、輝度が数%ダウンする。」
これに対してSD 法による加工では、「エピ層に対する熱ダメージはほとんどない」と川合氏は説明している。「割断後の輝度低下は少ない」と理解すればよいようであるが、川合氏は「条件出しによって輝度の低下が少ない加工ができるが、顧客のデバイスによって輝度低下の状態が違う」と付け加えている。この川合氏のコメントは明快ではない。これを、「これまでにサンプル加工したデバイスについては輝度の低下は少ないが、サンプル加工していないデバイスについてまで輝度の低下が少ないとは断言できない」と理解すれば明快だ。
同氏によると、SDレーザソーの販売では、条件出しをすることが重要になる。「デバイス毎に、光学系では厚さ方向の焦点の位置を設定する。スピードもデバイス毎に変える。ハードウエアを改造することはないが、光学系はプログラマブルに焦点位置が調整可能となっている。これまでのHB-LED向けサンプル加工では、加工結果について満足してもらっている。」
要は、「条件出しをしてサンプル加工すれば満足してもらえる結果は出せる」と言っていることになる。また、アブレーション加工後の輝度低下は、同氏のコメントによると「デバイスによって異なるが数%落ちる」となっている。川合氏によると、ディスコ社内ではSDとアブレーションでプロセスが競合する。プロセス競合することによってそれぞれの技術レベルが向上することが期待できる。また、川合氏は「アブレーション加工でも、光学系の違いや顧客のデバイスによって輝度ダメージが変わる。顧客の求める輝度品質によって、SDによる加工が優れている場合もあれば、アブレーション加工が適している場合もあるため明確には言えないが、デバイスごとに最適な加工方法や条件をカスタマイズしていくことになる」と説明している。アブレーション加工でも、ディスコの技術力を以てすれば、輝度は「あまり落ちない」ところまでもって行ける、と主張しているようにさえ聞こえる。そうだとすれば、CAPEX の大きさが気になる場合には、当座は「ディスコのアブレーション加工」も選択肢になる。
SD法ではなく、LMA(Laser Melting Alteration)法を採用している他の加工機メーカーは、355nm のレーザを使用して、アブレーションというよりも加工対象を楔形に融解させてブレーキングする。このメーカーの加工機ではカーフ(切り溝)5μm が可能で、「サファイアを用いるデバイスでは、基板厚み100μmから200μm程度のものがあるが、良好な楔形状の変質断面であれば、基板厚みの20 〜 30%の深さを加工できれば、十分に劈開できる」(2)と主張している。
劈開の結果として輝度低下がどの程度かには触れていないため、この点でのSD 法との比較はできないが、SD 法以外でもパフォーマンスの改善が進んでいることが見て取れる。
川合氏の言う数%の輝度低下については、「チップは輝度が高ければ高く売れる。輝度が何%か向上するだけで価格は何倍かになる」となっている。ここに言う「何%」と「何倍」を具体的に示すことは、恐らくできないだろうが、この「何%」の違いがチップメーカーにとって極めて重要であることは否定すべくもない。この点が、ディスコが「現時点で、チップ化をSD の光学系のような形でできるところは市場にはない。パフォーマンスだけで見たときに、SDに競合は存在しない。現時点で、競合製品が出てくることは難しい」と主張する背景になっている。ディスコは、「現状では、HB-LEDにおいてSDとアブレーション加工とでは、輝度劣化に差ができる」(川合氏)と両技術を位置づけている(図3)。
表の他の項目、スループット、OPEX(オペレータ負荷+ ランニングコスト)に関しては、量産市場を対象にしているチップベンダはアブレーションレーザソーに優位性があると読み取ることができる。
CAPEXは、歩留まりと求める輝度とを考慮に入れて判断することになる。川合氏によると、SDレーザソーの価格は「アブレーションレーザソーに比べると高価ではあるが、数倍にはならない」。この数倍以下の価格差が適切かどうか、満足のいくROIが実現できるかどうかは、「歩留まり」と「輝度」から得られる「良品率」で判断することになる。これまでの川合氏の説明からすれば、量産市場のプレイヤーにとっては、SDとアブレーションの間にある「価格差」のウエイトはあまり大きくないように聞こえる。それを決定づけるのは市場の成長率であると考えられる。
HB-LED市場
高輝度LED市場予測については、米エレクトロニキャスト社、ディスプレイバンク社、仏ヨール デベロップマン社などの調査会社が発表している。いずれも、高い成長率が期待できるとの予測だ。ヨール社は、2 インチウエハLEDグレードのサファイア基板が1500ドル以下になると超高輝度(UHB)LED市場が立ち上がると見ている。その時期を同社は2011〜2012年頃と予測する。一方、エレクトロニキャスト社は、白色HB-LEDは、予測期間(2008〜2013年)では年平均43.5%で成長し、使用数量は6 倍になると予測している。同社社長、ステファン・モンゴメリ氏は「白色LEDはRGBマルチチップセグメントから市場シェアを奪いつつあり、2013年には白色LED(WLED)がほぼ市場リーダーとなる」と見ている。同社の予測では、「2008年のHB-LED世界消費額は約46億ドル。2013年には、これが105億ドルに拡大する」となっている。
低消費電力、グリーン化の波は今後ほぼ全産業を覆う波となることが予想されており、LED 業界は主役を演じる業界の一つと見なされている。中でも成長点として期待されるのがHB-LED市場だ。
川合氏は、「HB-LED 向けにステルスダイシングを市場投入していきたい」と語っている。