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材料加工用の高出力半導体レーザ
スリ・ベンカト、ジョン・ハーケ
数キロワットの出力をもつ最新のダイレクト半導体レーザ製品は、さまざまな材料加工にとって最適なソリューションになることが証明されている。
最近の高出力半導体レーザは空前の成長を遂げ、特に、熱処理(表面硬化)、表面被覆、溶接および蝋付け加工の主要な4分野における需要が急増している。ロッドレーザ、ディスクレーザ、ファイバレーザなどすべての固体レーザは、電気パワーを光パワーに変換する励起用の半導体レーザが、その心臓部として使われている。理論的にみると、半導体レーザの出力を材料加工に直接使用することによって、レーザの複雑さが減少し、コストとサイズの利点が生まれる。しかし、従来の半導体レーザは産業用レーザとして使われているCO2やNd:YAGなどレーザに匹敵するパワーあるいはパワー密度を得ることができなかった。幸いなことに、最近になって、直接加工用半導体レーザ(ダイレクト半導体レーザ:DDL)は半導体の基礎技術、実装技術、光学系、水冷技術などのいくつかの重要な分野において進歩を遂げた。
最も単純な半導体レーザはシングルエミッタと呼ばれ、単一の小さなファセットからレーザ光を発生する。このようなレーザは、CD/DVDプレーヤー用、テレコム用、非常に低パワーのレーザの励起用などに使われている。次に単純な構造の半導体レーザバーは、50個以下の半導体レーザエミッタの線形アレイから構成されている。これらのレーザバーを2次元(2D)アレイまたはスタック状に積層すると、より高いパワーが得られる。このようなバーやアレイからの出力を従来の光学系またはファイバやファイババンドルへの出力結合に組合わせると、レーザビームの再結像、再成形、集光などが可能になる。最近では、いずれの光学方式においても、いくつかの産業用途が生まれている。
現在の単一半導体レーザバーのパワーレベルは100Wに到達し、数kWのアレイの構成が可能になっている。最近のレーザは従来のレーザよりもはるかに高い輝度が得られ、市販のレーザから得られる集光スポットは800kW/cm2レベルのパワー密度に達している。また、これらの高出力デバイスは10kHzまでの速度で直接変調できるため、加工時のプロセスパラメータの制御が簡単になる。この輝度レベルはさまざまな金属加工の用途に対して十分に高い。
同時に、テレコム、レーザ励起、軍用などの需要の増大によって、寿命と信頼性の改善が急速に進み、数kWレベルの半導体レーザ装置の標準寿命は2万時間になった。その結果、現在のDDLは、どの形式のレーザでも最小の実装サイズと最高のパワー/コスト比が得られるようになり、多くの産業用途に十分な出力パワーとパワー密度が経済的な速度で実現されている。
熱加工
熱加工(表面硬化)の場合、目的は金属の薄い表面層を硬質の長寿命表面に改質することにある。この場合は、バルク金属の屈曲性や剛性など、材料の望ましい性質のいずれに対しても、物理的変質やマイナスの影響をもたらしてはいけない。最近のDDLの表面硬化への応用は目覚しく拡大している。その応用にはベアリング表面、表面切断、ポンプ部品、バルブ台座、表面封止、列車駆動部品、ギアとカム、成形工具、刻印ダイス、タービンブレード、さらには裁縫用の針などの工具も含まれている。このような表面硬化の用途が拡大している理由は、DDLを使うことによって他の方法とは顕著に異なる利点が得られることにある。ほとんどの金属は805nmにおいて高い吸収係数をもつため、侵入する熱は浅い表面層に閉じ込められ、歪の発生が最小になる。これによって、集光ビームのレーザパワーや走査速度だけを変えれば、表面硬化を行う層厚の制御が可能になる。横方向に広がる硬化の影響はレーザスポットで決まる領域に限定される。光の侵入深さが浅いということは、歪は薄い部品であっても実質的に生じないことを意味している(図1)。
また、本体部分それ自身が自然のヒートシンクとして機能するため、外部からの急冷が不要になる。この高い吸収によって、他のレーザ波長の場合には必要な吸収用の被覆も不要になる。さらに、工程での表面汚染に関係する心配も軽減される。これらの利点によって、DDLを使うと非常に高い硬度(Rc60以上)を亀裂や破砕の発生なしに実現できる。
われわれはDDLで表面処理をしたいくつかの金属を解析した(表1)。一般論として、加工する金属の表面硬化層が厚い場合は強い加熱が必要だが、これは走査速度を減少することによって実現できることが分かった。しかし、過剰に加熱すると表面硬度を決定する冷却速度が遅くなるため、厚い表面の硬化は硬度が低下し、直観とは相容れない結果になることも分かった。
表面被覆加工
表面被覆加工の場合はレーザによって加工表面上の粉体金属が溶けて、十分に接着した厚い連続層が形成される。この場合の目標は被覆材料と表面金属との混和を最小にすることにある。従来の表面被覆加工は被覆材料の10%以下が希釈されて被覆される工程として定義されてきた。レーザによる表面被覆加工による結果ははるかに良好で、希釈はわずか数%あるいはそれ以下に限定される。
CO2レーザの1060nmの波長に比べると、805nmの波長の吸収は高いため、DDLは従来のレーザ(固体およびCO2)による表面被覆の用途の一部に置き換えられている。特に、この短い波長では光子エネルギーが高くなり、すべての金属の吸収が大きくなる。その結果、金属粉体を溶融する場合の半導体レーザの効率はCO2レーザの場合の約2倍になると報告されている。この高い吸収により、ワイヤフィード方式であっても、表面被覆加工は容易になる。この利点によって、電気効率はCO2レーザの場合の4〜6倍に向上する。したがって、DDLはCO2レーザに対して10〜12倍の効率が得られる。
さらに、半導体レーザバー/アレイに特有の長方形の断面積から得られる出力によって、大面積の加工に対して非常に適した線形のレーザ光への再結像が容易になる。この線形レーザ光は長軸と垂直の方向へ走査することで、表面を迅速に「塗装」することができる。その結果、薄くて広い平坦な表面被覆加工が少ない希釈によって可能になる。しかし、非常に重要なことは、走査光路を重ね合わせて濡れた状態にすると、比較的平坦な表面形状が加工速度とは無関係に得られることだ(図2)。
溶接加工
DDL による近赤外吸収を利用すると、その制御された侵入によって、さまざまな金属の真の熱伝導モードでの溶接も可能になる。この場合も線形形状のビームは連続封止溶接にとって理想的な形状で、例えばチューブミルの溶接に広く使われている。対照的に、気体タングステンアーク溶接(GTAW)や従来のレーザ溶接などによる旧式の加工は円形の加工スポットを使用する。
線形状で投射されるDDLを使用すると、封止部での相互作用が長くなり、しかも溶融池は封止部のみに閉じ込められる利点が得られる。また、この狭い幾何学形状によって深い侵入が可能になり、溶融した金属は非常に制御された状態で一緒に濡れる。その結果、GTAW加工で得られる場合と同様の飛散のない伝導モードでの溶接を行うことができる。しかも、垂れ下がりが少なく、熱影響層(HAZ)も非常に狭いため、疲労強度や成形性などの機械的特性が改善される。
最近、直径が0.035インチと3/8インチの管の溶接を行うGTAW 配置のチューブミルに、米コヒレント社の4kWのDDLが導入された。重要なことは、このレーザヘッドは十分に小さくて、大規模な改造なしに既存のチューブミルの形状内に収まり、そのビームサイズによって、封止トラッキングデバイスが不要になることだ。この装置で製造される溶接の表面は両側とも非常に平滑で、小さなHAZと一致する小さな変形になった。遮蔽ガスで十分に包囲することで、表面の酸化もほとんど生じなかった。
また、得られた溶接とHAZはGTAWによる場合の約1/3〜1/4になった。この溶接をメタログラフで詳しく検査した結果、この系はHAZ内部の硬度の変化が基礎金属に対して最小になることが分かった(図3)。
すでにDDLが使われている用途にはアルミニウムの溶接、純粋チタンの溶接および亜鉛メッキ鋼鈑の溶接が含まれる。DDLはその線形プロファイルに亜鉛の予備加熱と蒸発の作用があり、溶融池には亜鉛が残らないため、亜鉛メッキした鋼鈑の溶接にとって理想的なレーザとなる。DDLで得られる溶接部には延性がある。対照的に、円形の加熱プロフィルを使用する装置は亜鉛を溶融池に閉じ込める作用をもつプラズマプルームを生成する場合が多い。
蝋付け加工
溶接と密接に関係する蝋付け加工は、白色車体の自動車に使われる亜鉛メッキ鋼鈑の接合によく使用される。蝋付け加工は二つの金属の間に配置した異種の金属を溶融して、二つの金属の端部を接合する。異種の金属は線材を使う場合が多い。亜鉛メッキ鋼鈑の接合部は腐食に曝されることが多いため、自動車の場合は蝋付け加工が好まれる。
電気アーク溶接、つまりタングステン不活性ガス(TIG)と金属不活性ガス(MIG)を使う従来の溶接に比べると、DDLはいくつかの重要な利点が得られる。そのため、この用途が急速に成長している。特に自動車の場合は、今日の半導体レーザの高い信頼性にもとづく利点が得られる。完全な装置には冗長性をもつ複数のレーザスタックが装備されている場合が多い。レーザスタックの一つが使用寿命に達すると、装置の制御系が直ちに動作して他のスタックを起動することで、休止時間は大幅に短縮される。
溶接の場合と同様に、レーザの線形スポットは連続して供給される線材の線形の幾何学形状に対して非常に適している。この簡単な加工配置によって、多くの場合は高価なビジョンシステムが不要になる。また、この線形プロファイルは溶接部を完全に「濡らす」ことに役立つため、優れた溶接ビードプロファイルが得られる。溶接の幾何学形状と鋼材の厚みに応じて、線形の代わりに正方形のビームを使うことも利点になる。この正方形ビームはビーム成形光学系を使用することによって、半導体レーザスタックから容易に得ることができる。
ダイレクト半導体レーザによる蝋付け加工は、発生する飛散物が(MIGに比べて)非常に少ない、熱入力が低いので最小の熱歪とHAZになる、スループットが大きくなる(部品の厚みに応じてTIG/MIGよりも最大で200%高速)などの利点も得られる。例えば、ケイ素‐青銅の線材による亜鉛メッキ鋼鈑の場合は、4kWの直接方式半導体レーザ装置を使うことで、毎秒5mの加工速度が得られる。また、ナゲットは狭く明確なため、DDLによる封止はMIG/TIGによる封止に比べてはるかに滑らかになり、蝋付け加工後の手直しが不要になる。
数少ないプラスチックの用途に使われた初期の低出力/低信頼な装置に比べると、ダイレクト半導体レーザとそれらの応用は大幅に進展している。DDLの出力と輝度は増加を続けているので、その性能とコストの利点はさらに増大し、現在のDDLの用途でのさらなる成長ばかりでなく、現在は他のレーザ方式あるいはレーザ以外の従来技術が使われている分野にも新しい用途を見出すはずだ。