March, 10, 2025--ドライバーの視認性とグレアの間のトレードオフはやむを得ないのか
マーク・リア、ジョン・バロー
Light and Health Research Centerの科学者として、現代のLEDヘッドライトがしばしば不快なグレアを引き起こす理由と、すべての人々にメリットをもたらす形でこの技術を米国で標準化して展開する方法について、説明する。
この数カ月間で、Light and Health Research Centerの科学者らに寄せられる、ヘッドライトのグレアに関する問い合わせは増加している。本稿では、その理由を明らかにするとともに、ヘッドライトのグレアが米国でどのように対処されているかについて、最新情報を紹介したいと思う。
高度なヘッドライトシステムにより、多数のLED光源からの個別のビームが生成される
光源の進化と標準規格
ドライバーに前方視認性を提供することと、対向車両のドライバーに対するグレアを最小限に抑えることの間のトレードオフは、古くから変わらぬ課題である。ロービームのハロゲンヘッドライトの測光規格は、それらの相反する項目の間のバランスを図ることを目的に策定されている。ハイビームのハロゲンヘッドライトは、他のドライバーの視界を邪魔しない場合に限り、前方視認性を高めることを目的に設計されている。実際、対向車両がいる場合はハイビームのヘッドライトを決して点灯してはならない、という暗黙の社会的契約が広く交わされるようになったのは、何年も前のことである。
ロービームの測光規格は、固定で不変のハロゲンヘッドライトのビームパターンを対象に策定されたもので、良好な前方視認性と悪質な対向グレアの間の妥協策に対する感受性に基づいている。ロービームのヘッドライトは、車のドライバーに十分な視認性を与えながら、対向車両のドライバーに対する過剰なグレアを最小限に抑えていた。ハロゲンヘッドライトが、他の光源によって置き換えられ始めた約25年前まで、視認性とグレアの間で膠着したこのヘッドライトの状態が、ドライバーによって一般的に受け入れられていた。
ハロゲン光源と比べて、それよりも新しいLED技術は、耐久性、効率、輝度が高く、ビーム強度分布の光学的制御が容易であることが明らかになっている。その結果、前方の道路を見ようとするドライバーの意志のほうが勝って、前方視認性と対向グレアの間のバランスに変化が生じ始めた。しかしそうすると、対向車両のドライバーは、前から近づくヘッドライトのグレアによって視界が妨げられると感じるようになった。こうして、グレアに関する苦情はこの25年の間にかなり増加しており、その大半の原因が、新しい光源技術そのものにある。
そうした苦情がもっともであることほぼ間違いないが、LED光源技術が根本的に悪いとか、うまく設計されていないからというのが、その原因ではない。全くその逆で、存在するグレア問題は、光源技術にも、ドライバー間の暗黙の社会的契約にも内在するものではない。ドライバーが、ハイビームのヘッドライトを見境なく使用するという証拠は見当たらない。この問題には、それ以外の複数の原因がある。
まず、測光規格が、LED技術のスペクトルパワー分布の変化に合わせて進化していないことである。2つ目は、既存規格の施行が緩慢になっていることだ。そして3 つ目は、ヘッドライトのグレアを除去しつつ、すべてのドライバーの視認性を劇的に改善する補助技術が、現行規格において十分に認識されていないことである。
ヘッドライトはこの25年間でどのように変化したのだろうか。LEDが照射する光は、より青く、明るく、鋭く、集束されており、そのすべてが、ドライバーの夜間の視認性向上につながる。青色成分を多く含むLED光は、ハロゲンヘッドライトが照射する、同じ測定レベルの黄色がかった光よりも、人間の目には明るく見える。実際のところ、すべての照明規格の根底にある従来の測光法では、この強化されたLEDの明るさを把握することができない。そしてそれこそが、対向車のヘッドライトからの実際のグレアを増加させる要因でもある。
規格に採用されている測光法では、明るさとグレアを把握できないことに加えて、大半の州政府が、適切な向きのヘッドライトを搭載することをドライバーにもはや義務付けていないことが、事態をさらに悪化させている。Light and Health Research Center研究所の最近の調査により、片方または両方のヘッドライトの向きに不備がある車両は、登録車両の3分の2近くに及ぶことが明らかになっている。現代のヘッドライトビームは、従来技術よりも集束されているため、向きに不備があると、ヘッドライトからのグレアは大幅に増加する可能性が高い。また、ハイマウントのヘッドライトを搭載する、SUV(スポーツユーティリティビークル)やピックアップトラックが、路上に占める割合が増加しているため、集束性が高く、向きに不備のあるヘッドライトによって、より多くの光量がドライバーの目に向けられる可能性は、さらに高まる。時代遅れの規格がもはや施行されてもいない状況は、LEDヘッドライトからのグレアに関する、もっともな苦情が今後さらに増えるであろうことを意味する。
車載LED性能の改善
重要なのは、ヘッドライトの向きが正しくないことも、規格が時代遅れで施行されてもいないことも、実は関係ないということだ。ハロゲンヘッドライトは、固定の測光規格を満たすためにリフレクタまたはリフラクタによって成形された、固定のハイビームとロービームを生成していた。ハロゲンロービームは、他のドライバーに対するグレアを制限するものの、遠くにある車道上の危険性を明らかにするために特に有効であるわけでも、車道に侵入する可能性のある近くの危険性を明らかにするために適しているわけでもなかった。フィラメントランプからの光を成形するリフレクタとリフラクタは、光学的に制限されていなかったためである。
LEDヘッドライトは一般的に、単一のビームを生成するものではない。通常は、複数のLED光源から多数の小さな個別ビームを生成する(口絵を参照)。これは、マルチビームヘッドライトの光学特性が、ドライバーの前方の任意の領域を照らす、あるいは、照らさないように、調整可能であることを意味する。
高度なカメラ技術とコンピュータソフトウエアを組み合わせることにより、個々の個別ビームをリアルタイムに調整することができる。機能的にはこれは、対向車両のフロントガラス、または、前を走行する車両のバックミラーを、任意の時点、距離、または速度において、連続的な影の中に維持できることを意味する。簡単に言うと、他のドライバーのフロントガラスまたはバックミラーが影の中にあれば、グレアは生じない(図2)。
図2 高度なヘッドライトシステムにより、対向車両のフロントガラス、または、前を走行する車両のバックミラーを、任意の時点、距離、または速度において、連続的な影の中に維持することができる(画像提供:アウディオブアメリカ[Audi of America] )
多数の小さな個別ビームを使用することで、ドライバーの視界の中の、車道内外で危険性が生じる可能性のある任意の領域の照度を上げることも可能である。
つまり、ドライバーは、前述の社会的契約に違反することなく、いつでもハイビームを操作して、他のドライバーに対するグレアを最小限に抑えることができる。また、高度なヘッドライトシステムは自動修正が可能で、古い測光規格を改良して要件を変更したり、それらを施行したりする必要はほとんどない。
そのような高度なヘッドライトシステムは、欧州では既に実用化されているが、米国にはまだない。欧州で現在一般的となっている、高度なヘッドライトシステムを対象とした新しい規格は、米国でも施行できそうなので、これはおかしな話である。新しい規格の目標は、グレアを増加させることなく視認性を高めることにより、米国の車道上を対向して走行するドライバーの間で膠着していた、古いヘッドライトの状態のバランスを図り直して改善することである。
実際のところ、高度なヘッドライトシステムを対象とした米国規格は、2022年2月から存在している。しかし、高度なヘッドライトシステムを搭載する車両が、米国には走行していない。自動車メーカーは、この複雑な新規格を直ちに実装するのは難しいと考えている。新規格は、過去の車両照明の法規をすべて結合したものとほぼ同じくらいの長さがあるのだ。従って、米国における高度なヘッドライトシステムの実用化が、この技術にいつ追いつくかは不明である。
ヘッドライトのグレアに関する一般大衆の関心の高まりがおそらく、新規格の実装を促進することになるだろう。高度なヘッドライトシステムは、すべてのドライバーに対してグレアを低減しつつ、安全性を確実に向上させることができるためである。それは、すべての人にとって満足のいく結果である。
図1 3つの調査対象ヘッドライトシステムの歩行者検出距離、安全停止速度、他のドライバーから見た夜間の外観。ADBシステムは、歩行者検出距離と安全停止速度の項目で、ハイビームと同等だったが、グレアの項目では、ロービームヘッドライトと同じ「満足できる」の評価を得た(画像提供:Light and Health Research Center )
研究の焦点:高度なヘッドライトのメリット
Light and Health Research Centerの研究チームは、視認性の向上とグレアの低減の観点で、アダプディブドライビングビーム(ADB)ヘッドライトの安全影響を調査した(1)。以前の現場実験で、ADBシステムを搭載する車両と、固定のロービームヘッドライトを搭載する車両を運転しながら、道路に沿って歩く疑似歩行者が検出されるまでの距離を測定した。図1の中央部分に示されているように、ADBヘッドライトを使用する場合は、従来のロービームヘッドライトを使用する場合と比べて、2倍以上離れた距離にいる疑似歩行者を認識することができたと、ドライバーらは回答した。
ロービームとADBヘッドライトシステムの下での視覚性能の解析(2)、(3)により、ADBヘッドライトはロービームヘッドライトよりも、路面標示と路上の潜在的危険性を、より遠く離れた距離からドライバーが認識するために役立つことが示されている。重要なのは、ADBヘッドライトのメリットは、20代の若年ドライバーよりも60代の高齢ドライバーに対して大きかったことである。
2回目の現場実験(1)では、ADBヘッドライトシステムを搭載する車両を、固定のロービームヘッドライト、固定のハイビームヘッドライト、またはADB システムを点灯した状態の別の車両で追い越し、追い越された車両の搭乗者に、追い越された後の不快なグレアのレベルを報告してもらった。ハイビームに対する不快なグレアの評価は、「嫌悪感あり」のレベルだった。ロービームとADBヘッドライトに対する評価はほぼ同等で、「満足できる」のレベルだった(図1右)。ADBヘッドライトは、ドライバーに対しては車道の視認性を高めつつ、他の道路利用者に対しては不快なグレアを軽減することにより、夜間の衝突事故の軽減に役立つと、われわれは考えている。
参考文献
(1) J.D. Bullough, N.P. Skinner, T.T. Plummer, “ Assessment of an adaptive driving beam headlighting system: Visibility and glare,” Transportation Res Record, 2555, 81-85( 2016).
(2) J.D. Bullough, “ Intelligent vehicle lighting: Impacts on visual perception of drivers varying in age, ” Soc Automotive Engineers International J Advances andCurrent Practices in Mobility, 3, 5, 2627-2632( 2021).
(3) J.D. Bullough, “ Benefits of adaptive driving beam headlights for visibility of road pavement markings, ” Société des Ingénieurs de l ’ Automobile Vehicle and Infrastructure Safety Improvement in Adverse Conditions and Night Driving Congress, Paris, France, March 17-18, 2021.