May, 24, 2024--ゲイブ・アーノルド
新しい室内空気質ガイドラインに準拠するための解決策の一環としての殺菌用紫外線技術の状態と、その導入のための下準備として進められている取り組みについて、概要を説明する。
建物内で良好な室内空気質(Indoor AirQuality:IAQ)を提供することが、公衆衛生、教育、気候変動に対する影響を踏まえて、国家の優先課題の1つになっている。新型コロナ(COVID 19)のパンデミックにより、米国の商業ビルは換気が不十分で、新型コロナ、インフルエンザ、RSウイルス(RespiratorySyncytial Virus:RSV)などの空気感染疾患から従業員や学生を守るための十分な対策がとられていない場合が多いという認識が高まった。その影響は深刻である。パンデミックの終了が宣言された2023年上半期だけでも、米国では新型コロナによる死者数が4万人を超えた。死亡した人以外にも、感染して学校や仕事を休んだ人は数百万人に上ると推定される。米労働統計局(Bureau of LaborStatistics:BLS)の統計値を2020.2022年と2019年で比較すると、疾病休業はパンデミック前の水準よりも約50%増加した状態が続いており、米国企業に年間2000億ドルを超える損失を与えているという。学生の長期欠席も、学習と習熟度の低下と、公衆衛生と教育格差の悪化につながる。
この影響と、建物内における対策の欠如を認識した2つの組織が、両方の問題を解消するための新しいガイドラインを発行している。1つは、米疾病予防管理センター(Centers for Disease Controland Prevention:CDC)が2023年5月に発表したガイドラインで、感染症の空気感染を低減するために、建物の1時間あたりの相当換気回数(equi valent air changes perhour:eACH)を5回とすることを推奨している。ちなみに多くの商業ビルで、清浄空気の入れ替えは1.2 eACHにとどまっている可能性がある。2つ目は、米暖房冷凍空調学会(ASHRAE)が2023年7月に発行した「Standard 241: Control of In-fectiousAerosols」(感染性エアロゾルの制御)である。この新しいASHRAE規格は、いずれは一般的に採用されている規約や標準規格に組み込まれるようになって、新築ビルと既存ビルにおける利用が増加していくと思われるが、州や自治体はそれ以前に、それぞれの建築基準や指針にこれを取り入れることができる。ASHRAE 241は、等価清浄空気(Equivalent Clean Air:ECA)という新しい指標を使用して清浄空気目標を定めている。ECAの推奨値は、用途と予想される室内占有率によって異なる。ASHRAE 241では、一般的な商用空間における等価清浄空気換気量の目標値が、ASHRAEの以前の換気目標の1.5.10倍に設定されている。
建物の清浄空気の換気量を、CDCのガイドラインを満たすために1.2 eACHから5eACHに上げるか、ASHRAE241を満たすために1.5.10倍にすると、従来の換気のみの方法を採用する場合は、建物のエネルギー消費量とCO 2排出量は大きく増加する。また、ほとんどのHVACシステムは、高額な投資、アップグレード、交換を行わない限り、換気量を増加できるようにはなっていない。
幸い、CDCとASHRAEはこれを踏まえて、eACHとECAという、技術に依存しない、正規化された等価指標を意図的に使用している。これらの指標は、フィルタ(ろ過)や殺菌用紫外線(germicidalultraviolet:GUV)などの空気清浄技術に対して計算することができる。このアプローチのおかげで、eACHとECAの目標値は、従来の換気方法にGUVを組み合わせることによって達成することが可能である。両者に対して計算したeACHとECAを合算することにより、新しい目標値が達成される。ここに、GUVの機会が存在する。適切な設計と保守が適用されたGUVシステムは、10eACH以上を達成することが可能で、そのコストは、HVACを大幅にアップグレードするよりも低く、エネルギー消費量とCO2排出量は、同等の換気を行う場合の何分の1かになる。
このようなメリットから、ビルの所有者や運用者はGUVを、CDCとASHRAEの推奨基準を満たすための、より低価格で、効果的で、エネルギー効率の高い解決策として検討するようになると期待される。そのメリットを最大限に引き出すには、安全で効果的なGUV導入を支援するための技術とインフラの継続的な進歩が必要になる。米エネルギー省(Department Of Energy:DOE)は、GUVの機会を検証するための複数の取り組みを進めており、以下ではそうした取り組みについて、概要を説明する。
GUVの有効性、エネルギー消費量、 CO2排出量のメリットの特性評価と定量化
GUVを検討してプロジェクトに含めるために、ビルの所有者と設計者は、その効果を把握して、メリットを定量化する必要がある。米パシフィックノースウェスト国立研究所(Pacific Northwest NationalLaboratory:PNNL)は、ローレンス・バークレー国立研究所(Lawrence Berkeley Natio-nal Laboratory:Berkeley Lab)と共同で、洗練されたシミュレーションツールを使用して、さまざまな建物種別と気候帯においてCDCとASHRAE241のガイドラインへの準拠を達成する上でのGUVの有効性、エネルギー効率、脱酸素化のメリットの特性評価と定量化を行っている。
まず、動的な病原体濃度レベル、感染リスク、エネルギー消費量をモデル化することができる。続いて、入力と仮定を変えることによって、病原体の感染特性、病原体の種類、緩和策の組み合わせ、気候帯を変更する。シミュレーションは、GUVを含むどのIAQ戦略が、最も健全でエネルギー効率の高い建物につながるかを判定するために役立つ。この取り組みの結果については、今後の記事で公開する予定である。
GUV製品の試験
読者の中には、DOEの「CALiPER」を覚えている人もいるだろう。2006年から2014年にかけて、適切な基準が設けられていなかった初期の時代のLED製品の評価に用いられた製品検査プログラムである。CALiPERは、市販製品を対象に独立した検査を行い、その検査結果を公表することで、粗悪な品質と誇大な主張を排除することを目指すものだった。このような取り組みが、GUV技術に対しても必要である。 最も一般的なGUV技術は、低圧水銀(Low PressureMercury:LPM)で、医療機関などの施設において何十年も前から使用されている。UV照射LEDや、塩化クリプトン(KrCl)を使用するエキシマランプといった、新しい技術も登場している。GUV製品を対象とした、標準化された試験方法も登場しつつある。有人空間向けに設計された製品もあるが、室内に人がいる時には使用してはいけない製品もある。
第1段階の製品試験は完了しており、第2段階と第3段階として、LPM(254nm)、LED(260. 280nm)、KrClエキシマ(222nm)を使用して、有人空間を対象に室内上部の空気を殺菌する照明器具の試験を、現在実施している。その結果については、LEDsMagazineの今後の記事で詳しく解説する予定で、その新しいデータセットによって、試験方法と標準規格に関する情報を提供し、GUV技術に必要な改良点を洗い出す予定である。
Kinnelon High Schoolは、DOEの2023年Integrated Lighting CampaignのGUV Systems for Energy Savings and Improved IAQ部門で表彰された。同校の教室には、ハイブリッド型のUV-C空気清浄機と、部屋全体を殺菌する占有センサ付きの照明器具が設置されており、日中は空気のろ過、夜間は表面と空気中の病原体の殺菌が行われる。この殺菌システムは、フィンランドのCasambi Technologies社、米IntelliSafe IAQ社、米McWong International社によって実装された(写真提供:Kinnelon High School)
実環境性能の検証
室内上部の空気を殺菌するGUV照明器具は、天井付近の循環空気にGUVを照射する。部屋全体を殺菌するGUV照明器具は、天井から有人空間に向けて下方向にGUVを照射する。PNNLは、その有効性、安全性、エネルギー消費量を評価するために、実環境に実装された両方の種類のシステムを調査中である。室内上部と部屋全体のそれぞれ5つの実装を対象に、試験を行っている。これに加えて、2つの新しいGUVシステム実装についても、それぞれプロジェクトの概念化から、設計、実装、継続的な運用と保守にいたるまでの手順を踏んで、研究を行っている。
われわれは、実環境における主要な疑問に答えたいと考えている。すなわち、実装は安全で有効なのか、GUVは実環境においてどれだけのエネルギーを消費するのか、有効性と安全性を維持するためにGUVシステムをどのように運用/保守すればよいのか、この技術に対して占有者はどのようなエクスペリエンスを受けるか、といった疑問である。 これらのGUV実装の実地評価は継続中で、その結果は今後の記事で報告する予定である。
空気感染性疾患の感染拡大を抑えるための対策(画像提供:PNNL)
可能性の解放
GUVの潜在的メリットは、照明業界をはるかに超える範囲にまで及ぶ。GUVを米国の建造物に適用することで、私たちの健康と安全性が高まるだけでなく、米国のエネルギーと脱炭素化の目標達成が促進されて、気候変動に有意義な影響を与えられる可能性がある。今後の展開に期待してほしい。この動きはまだ始まったばかりである。
著者紹介
ゲイブ・アーノルド(GABE ARNOLD, P.E.)は、米パシフィックノースウェスト国立研究所(Pacific Northwest National Laboratory:PNNL)のシニアシステムエンジニアで、新しい照明およびビル技術の開発と導入を支援するプログラムを統括している。