February, 26, 2015, 東京--NICT脳情報通信融合研究センター(CiNet)の春野雅彦主任研究員らは、従来、ヒトの協力行動において、自分の取り分を増やそうとする脳の活動を抑制するとされてきた前頭前野が、相手の期待を裏切る程度である“罪悪感”を表現するということを、機能的MRI(fMRI)実験と経頭蓋直流電流刺激により証明した。
一方で、進化的に古い脳である扁桃体では、相手と自分の取り分の差の大きさである“不平等”が表現されていた。
今回、進化的に異なるこれらの脳部位が協力行動における異なる機能を担うことが明らかになったことで、ヒトの社会が高度に発達してきた過程の解明や、社会認知と関係する発達・精神疾患の類型化が進むことが期待される。
ヒトはなぜ協力するのか? 多くの研究者が、社会的な生き物であるヒトにとって根源的なこの問題に取り組んできた。近年まで、「自分の取り分を増やしたいと活動する古い脳(皮質下)の働きを、理性的な新しい脳(前頭前野)が抑制して協力が生じる」とする説が有力だった。2010年に春野主任研究員らは、皮質下に位置し、情動を司る扁桃体が“不平等”に対し反応し、その活動が協力行動の個人差を良く説明すると報告した。この結果は、従来説が必ずしも正しくないことを示す。一方、前頭前野が協力行動に関わるという多くの報告もあり、その機能は謎のままだった。今回、近年の経済学で“不平等”とともに、その重要性が指摘される“罪悪感”に着目し実験を行った。
今回の実験結果より、大脳皮質の高次認知機能の中枢である前頭前野の活動が“罪悪感”を表現し、皮質下の原始的な領域である扁桃体の活動は“不平等”を表現することを証明した。また、これらの表現が、ある程度独立していることも分かった。
つまり、進化的に異なる新旧の脳領域がヒトの協力行動において異なる機能を担うことを意味している。“罪悪感”は、他者や社会の期待と、自分の仮定の行動で生じる結果との差であり、相手の意図に基づく将来に対する動的なシミュレーション能力。その表現が高次認知機能の中枢である前頭前野に存在する一方、他者との相対的な結果を示す“不平等”に対する表現は、原始的な脳である皮質下の扁桃体と側坐核に見られた。
ヒトの協力行動における新旧の脳の異なる機能を示し、数年前には常識とされた「利己的な皮質下領域を前頭皮質が抑制することで協力行動が生じる」という1次元的図式は正しくなく、2次元の脳内表現を考える必要性を示唆する。今回の知見は、ヒトに固有な大規模な社会やコミュニケーション能力が進化したメカニズムの理解や社会認知と深く関係する発達や精神疾患の類型化に貢献することが期待される。
実験データの解析
fMRI実験の解析では、まず、信頼ゲームにおける45回の試行それぞれに対し、“罪悪感”(相手の期待と実際の差)と“不平等”(相手と自分の取り分の差の絶対値)を計算する。次に、これらの変数とfMRI計測で得られた脳の血流データとの相関解析を行うことで、“罪悪感”と“不平等”を表現する脳の部位を探した。この解析の結果、“罪悪感”と“不平等”に相関する部位は、それぞれ右前頭前野と、扁桃体と側坐核だった。
“自分の報酬”、“罪悪感”、“不平等”が協力行動に大きな影響を持つ。したがって、各被験者が協力か非協力かの行動を決めるのに使う基準(効用関数)は、“自分の報酬”、“罪悪感”、“不平等”を用いて以下の式で書ける。式中のβ1からβ3は、各被験者が“自分の報酬”、“罪悪感”、“不平等”を重視する程度を示しており、個人ごとに異なる。例えば、“罪悪感”を避ける被験者ならβ2が大きくなり、“不平等”を避ける被験者ではβ3が大きくなる。β1からβ3は、各被験者の行動結果(協力か非協力か)を用いた最適化計算で求めることが可能で、協力する程度にはこれらの値が用いられている。
効用 = β1×自分の報酬 – β2×罪悪感 – β3×不平等
(詳細は、www.nict.go.jp)