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人工ナノ流体シナプスは計算メモリを記憶できる

May, 29, 2024, Lausanne--EPFLのエンジニアは、ナノ流体ベースのニューロモルフィック(脳にインスパイアされた)コンピューティングへの一歩として、電子ではなくイオンを使用してデータを処理する2つのチップを接続することで、論理演算を実行することに成功した。

記憶、つまり簡単にアクセスできる方法で情報を保存する能力は、コンピュータと人間の脳に不可欠な操作である。主な違いは、脳の情報処理では保存されたデータに対して直接計算を実行するのに対し、コンピュータはメモリユニットと中央処理装置(CPU)の間でデータを行き来すること。この非効率な分離(フォン・ノイマン・ボトルネック)は、コンピュータのエネルギーコストの上昇の一因となっている。

1970年代以降、研究者はメムリスタ(メモリ抵抗器)の概念に取り組んできた。これは、シナプスのように、データの計算と保存の両方を行うことができる電子部品。しかし、EPFLの工学部ナノスケール生物学研究所(LBEN)のAleksandra Radenovicは、さらに野心的なもの、つまり電子とそれと反対に帯電した対応物(正孔)ではなく、イオンに依存する機能的なナノ流体記憶デバイスを目指した。このようなアプローチは、脳自身の、はるかにエネルギー効率の高い情報処理方法をより忠実に模倣する。

「メムリスタは、すでに電子ニューラルネットワークの構築に使用されているが、われわれの目標は、生物と同様に、イオン濃度の変化を利用したナノ流体ニューラルネットワークを構築することである」(Radenovic)。

「われわれは、これまでの試みよりも大幅にスケーラブルで高性能な、メモリアプリケーション用の新しいナノ流体デバイスを製作した。これにより、このような2つの『人工シナプス』を初めて接続することができ、脳に着想を得た液体ハードウェアの設計への道が開かれた」と、LBENのポスドク研究員Théo Emmerichは話している。

この研究成果は、Nature Electronics誌に掲載された。

水を加えるだけ
メムリスタは、印加電圧を操作することで、2つのコンダクタンス状態(オンとオフ)を切り替えることができる。電子メムリスタは電子と正孔に依存してデジタル情報を処理するが、LBENのメムリスタは様々なイオンを利用することができる。研究のために、研究チームはカリウムイオンを含む電解質水溶液にデバイスを浸したが、ナトリウムやカルシウムなど、他のものも使用することができた。

「使用するイオンを変更することで、デバイスのメモリを調整できる。これは、オンからオフへの切り替え方法や、保存するメモリの量に影響を与える」(Emmerich)。

このデバイスは、EPFLのマイクロナノテクノロジーセンタで、窒化ケイ素膜の中心にナノポアを作成することにより、チップ上に製造された。研究チームは、パラジウム層とグラファイト層を添加して、イオンのナノチャネルを作製した。チップに電流が流れると、イオンはチャネルを透過して細孔に収束し、その圧力によってチップ表面とグラファイトの間にブリスタが形成される。グラファイト層がブリスタによって押し上げられると、デバイスの導電性が高まり、メモリ状態が「オン」に切り替わる。グラファイト層は電流がなくても浮き上がったままなので、デバイスは以前の状態を「記憶」する。負の電圧がかかると、層が接触状態に戻り、メモリが「オフ」状態にリセットされる。

「脳内のイオンチャネルはシナプス内で構造変化を起こすので、これも生物学を模倣している」と、中央の細孔に向かうイオンの流れの形状にちなんで高非対称チャネル(HAC)と呼ばれるデバイスの製造に取り組んだLBENの博士課程学生、Yunfei Tengは話している。

LBENの博士課程学生Nathan Roncerayは、HACの記憶動作をリアルタイムで観察したことも、この分野では新しい成果であると付け加えている。「まったく新しい記憶現象を扱っていたので、その動作を観察するための顕微鏡を作った」。

研究チームは、Andras Kisをリーダーとするナノスケールエレクトロニクス・構造研究室のRiccardo ChiesaとEdoardo Loprioreと共同で、2つのHACを電極で接続し、イオン流に基づく論理回路を形成することに成功した。
この成果は、シナプス様イオンデバイスを用いたデジタル論理演算の実証に初めて成功したものである。しかし、研究チームはそれだけにとどまらず、HACのネットワークを水路で接続し、完全に液体の回路を作ることを目標としている。水の使用は、内蔵の冷却メカニズムを提供することに加えて、ブレイン・コンピュータ・インタフェースや神経医学への応用が期待できる生体適合性デバイスの開発を促進する。