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書評「EMCの基礎(Foundations of Electromagnetic Compatibility)」Adamczyk著

 これが弱気な人に向けた本ではないことに異論はない。著者のBogdan Adamczyk 氏は工学の教授で、ミネソタ州Grand RapidsにあるGrand Valley State UniversityのEMC Centerの設立者である。彼の最新著作「Foundations of Electromagnetic Compatibility with Practical Applications(Wiley 2017, ISBN 978-1-119-12078-0)」には、基本的なEMCおよび信号インテグリティ原則から導出した内容がぎっしり詰まっている。
 読んでいるとPaul Clayton教授の古典「Introduction to Electromagnetic Compatibility(2006)」をテキストに勉強した筆者の学生時代が蘇ってくる。Clayton教授が記述した膨大な方程式から導き出されたものが含まれているのは新しい点である。
 この本のユニークなところは、各章の末尾に記載されている原理の実践的なEMC事例が載っていることである。ある意味ではClayton教授のテキストに非常によく似ているが、はるかに数学的背景がしっかりしている。
 この本はEMCに関わる数学、回路、電磁気学の基礎の3部構成である。回路という側面を扱う本は多くても伝送線路や信号がどう伝搬するか理解するのに重要な電磁界を扱う本は(Clayton教授を除いて)殆どないので、これもまた専門分野のユニークな解釈である。
 実際の内容に目を向けると、パート1(数学的基礎)には行列やベクトル代数、座標系、ベクトルの微分および積分、微分方程式、複素数および位相ベクトルなどが掲載されている。この章を読めば、この本の後半部分に出てくる式の導出を理解するのに必要な数学的基礎がわかり大学院レベルのEMC学習者には十分な再教育となるはずである。
 パート1にあるEMCの実用的なトピックスは、伝送線のクロストーク、放射イミュニティ試験、ダイポールからの放射電磁界および放射電力、伝送線方程式、微分、積分、マクスウェルの方程式の複素形式、ループおよび部分的なインダクタンス、グランド・バウンス(グランド電位の変動)、電源系統の崩壊と続き、最後に伝送線の終端とリンギングでまとめている。
 パート2(回路の基礎)には、回路解析の基本的かつ体系的な方法、回路の定理および技術、磁界結合回路、周波数ドメイン解析、デジタル信号の周波数成分を扱う章がある。
パート2の実用的なEMC のトピックスには、回路トレース間のクロストークや、伝送線の容量終端、電源フィルタ、コモンモード/デファレンシャルモード電流、信号のフーリエ級数、アンテナによる最大電力放射、s-パラメータ、コモンモード・チョーク、コンデンサとインダクタの望ましくない動作、デカップリング・コンデンサ、EMC フィルタ、台形信号の周波数成分に影響するファクタなどがある。
 このうち最後の件では、デファレンシャルモード(DM)およびコモンモード(CM)により発生する電界強度を算出する式と影響を組み合わせて関連づけることなく信号で直接測定したデジタル成分のみ扱っているが、これはDM・CM 信号の伝搬方法についての重要な手がかりであると筆者は考えている。本件はPaulの著書で詳述されている。
 パート3(電磁気学の基礎)では、静電界・準静電界と静磁界・準静磁界、急激に変化する電界や磁界、電磁波、伝送線、アンテナ、アンテナからの放射を扱っている。
 実用的なEMCの項目としては、ESDに対する人体モデル、容量性および磁気結合とシールディング、カレント・プローブ、デカップリング・コンデンサに関連する磁束、グランディング、電流リターンパスと周波数の比較についての優れた見解(多くの製品設計者が理解しそびれている概念である)、コモンインピーダンス結合、電磁波シールディング、LISN インピーダンス測定、プリアンプ利得および減衰損失測定、アンテナ測定(VSWRおよびインピーダンス)などがあり、最後にコム・ジェネレータ測定が来る。
 「EMC試験および測定」という附則が1つあり、FCCとCISPRの規格と制限、尖頭値と準尖頭値、平均測定の比較、伝導エミッション、放射エミッション、伝導イミュニティ、放射イミュニティ、ESDを扱っている。省略されているのはサージ、線間電圧のドロップアウト、電気的ファスト・トランジェントなど。ほとんどの事例は自動車業界で一般的なCISPR 25関連である。将来的には、標準的なFCC およびCISPRのエミッションとイミュニティ試験に関する説明があれば、なお良いだろう。

【要約】
 この本は、製品をEMC要求に適合させて作る方法を学びたい平均的な製品設計者向けではないが、基礎的な電磁両立性について詳細な方法を求めている大学院レベルの学生にとっては非常に優れたテキストとなるだろう。Clayton教授のテキストからは一歩ステップアップした内容であり、EMCの基本原理から導出した詳細について学ぶことができる。
 実践的な事例は問題なかったが、より詳しい内容があってもよいと感じるところがあった。グランド・バウンス、クロストーク、S-パラメータ、フィルタなどの例は少々大雑把である。例えば、さまざまなシールド材を用いたシールド実験(Section 16.4.1)は興味深いものの、試験した周波数において鉄よりリン青銅のシールドの性能が低いのはなぜなのか? またコモンモード・チョークの根拠となる計算(Section 10.5.1)は十分だが、選択のパラメータや性能とバイアス電流の比較などは掲載されていない。ESDと人体モデルについての分析(Section 13.14.1)は素晴らしかったが、製品設計に対する応用が欠けている。最終的にはリターン電流と周波数の比較についての大変詳細な議論はPCB設計の基礎にまでは決して拡大されなかった。
 総括すると、タイトルが示すとおり内容は間違いなくEMCの「基礎」であり、その90%はハイレベルな計算を用いている。将来的な改訂では、数学的基礎の内容に匹敵するぐらい実践的な用途について全体的な扱いをもっと増やしてもらいたいと願っている。

2017年10月19日 by Kenneth Wyatt