October, 9, 2018, 東京--7月7日は七夕の日。天の川の両端に別れ別れとなった織姫と彦星が、1年に1度だけ会うことができる特別な日だ。この7月7日に日本学術会議講堂(東京都港区)で「国際光デー記念シンポジウム」が開催された(主催:日本学術会議総合工学委員会ICO分科会、共催:国際光年協議会)。
ICOは1947年の創設、53の各国委員会とOSAやSPIEなどの国際学会が加盟する国際科学連合体の1つだ。我が国では日本学術会議が対応組織になっている。ICO分科会は、ICOへの実際的な対応等を審議するとともに、我が国の光・量子科学技術の発展に資する活動を行うことを目的に設立された。
国際光年
まだ記憶に新しいが、2015年はイブン・アル・ハイサムの光学研究から1000年、マクスウェルの光電磁波説から150年、アインシュタインの一般相対性理論から100年、そしてカオの光ファイバ提唱から50年と、光にとって節目となる重要な年であった。そこで、国連は光に関する新しい知識と光関連の活動を促進することの重要性を一般社会の中に浸透させていくために2015年を「国際光年」と定め、ユネスコがその推進に関わることになった。その趣旨に賛同した多くの国際学術連合は、世界各地で様々なイベントを開催、参画した人数は100万人とも言われている。
我が国でも日本学術会議が中心となって市民への啓蒙活動に取り組み、2015年4月、記念シンポジウムが東大・安田講堂で開催され、同年12月には活動を総括するためのシンポジウムが、同じく東大・安田講堂にて開催された。並行して、我が国の各学会・協会なども数多くの記念イベントを開催した。
国際光デー
ユネスコは2018年から、新たに5月16日を「国際光デー」に制定した。今回のシンポジウムは、この制定を記念するとともに、光科学技術の黎明期を振り返りつつ、今後の発展を期待するという趣旨のもと開催された。
国際光デーを5月16日に制定した理由は、セオドア・H・メイマン氏が1960年のこの日にレーザ発振に成功したという主張に基づいている。今年、パリのユネスコ本部では、この日に第1回目の記念イベントが行われた。一方、この日は米国でのCLEO開催期間中でもあり、重複を避けるために5月16日の日本での記念シンポジウム開催は見合わせることとなった。
では、なぜ7月7日なのか?この日が七夕だから?実は、5月16日にレーザ発振に成功したとするメイマン氏は6月下旬、フィジカル・レビュー・レターに論文を投稿したが、掲載を
却下されてしまう。当時メイマン氏が所属していたヒューズ社は急遽、ニューヨークのホテル・デルモニコで記者発表を行った。この日が7月7日であった。記者発表が論文掲載却下
の日の前か後かは定かではないが、とにもかくにも7月7日は世の中にレーザ発振を周知させた記念すべき日ということで、この日のシンポジウム開催となった。
レーザの歴史と最先端研究
シンポジウムは横浜国大教授の馬場俊彦氏(日本学術会議連携会員)の司会のもと、ICO分科会委員長の荒川泰彦氏(東大特任教授、同会議連携会員/写真)による「開会挨拶と趣旨説明」でスタート、東大総長の五神真氏(同会議会員)による「挨拶」の後、東大名誉教授の霜田光一氏が「レーザーの黎明期」を、理研シニアディレクターの宮脇敦史氏が「光と脳科学」を講演、最後は法大教授の松尾由賀利氏(同会議会員)による「閉会挨拶」で幕を閉じた。
荒川氏は、国際光年ならびに国際光デー制定の趣旨とその諸活動を紹介。今回のシンポジウムは、光(レーザ)の歴史を振り返るとともに、最先端研究の一端を垣間見ていただくと
いう両方を実現するために企画したと述べた。
シンポジウムでは、霜田氏によるメイマン氏のレーザ発振に関する秘話や宮脇氏の生命科学に関する最先端研究など、非常に興味深い講演を聞くことができたが、本稿では「世界は分岐点に立っている」と指摘する東大総長の五神氏の講演概要をレポートする。
デジタル革命後の未来の社会像
五神氏は、英国のEU離脱や米国のトランプ政権誕生以降、非常に大きな変化がスピードを速めており、揺れの振幅も大きくなっているとして、その背景にはデジタル革命の影響があると指摘した。
インターネット上を飛び交う動画など膨大な情報によって、人と人の繋がり方は質、量、スピード、すべての面において、これまでとは違うものになってきた。その結果、人類が数百年をかけて作り上げてきた近代社会の基盤である民主主義や資本主義といった社会・経済の基本的な仕組みそのものが安定性を失うという状況に陥っている。調整しながら発展してきたものが、今やフィードバックのスピードが追いつかなくなっているのだ。
一方で、デジタル革命は私達に大きなチャンスをもたらす。遠隔地に分散している資源を繋げる生産活動が可能になり、我が国が抱える高齢化や地方と都市の格差を解消する可能性も有している。農業や漁業の生産性向上も期待できる。3Dプリンティングに代表されるデジタル革命によるスマート化は、これまでないがしろにされがちだった個々の多様性をより尊重する社会を実現するという人類社会にとって大きなプラス効果をもたらす。これは2015年に国連が提唱した持続可能な開発目標(SDGs)、すなわち多様性を尊重して皆が活躍できるインクルーシブな社会を実現する方向と合致する。
その反面、データを独占するデジタル専制主義が格差を一層拡げるという懸念も拡がっている。データは、すでにデータを持っている所に集まりやすい。そのため、少数の先行者がデータを独占し、データを持つ者と持たない者の間に決定的な格差が生じると、五神氏は警鐘を鳴らした。
果たして世界はインクルーシブな社会へ向かうのか、格差が決定的に拡がる社会へと向かうのか、私達は今その分岐点に立っている。もちろん自然に任せたままでは、良い方向へ進まない。多くの人々がビジョンを共有したうえで、選び取るという強い意志を持って協働しなければならないと、五神氏は強調した。
モノが直接インターネットと繋がるIoTでは、サイバー空間とフィジカル空間が今までとは違った形で、より高度に融合・拡張していく。実現には良質な通信環境が必要不可欠だ。
100Gネットワークで800以上の大学等を繋ぐ、我が国の学術情報ネットワーク(SINET)は桁違いに高度なシステムであり、このような基盤がすでに整っている我が国は、他国に比べ圧倒的に優位な立場にいると言える。五神氏は、このネットワークを学術用だけでなく、産学連携を通して産業界でも使える社会システムにすることが重要なポイントだと述べた。
全国の大学にノードが設置されているということは、地方の大学が地域の核としての産業集積拠点になれることも示唆している。未来を見据えた非常にハイスペックなネットワークが、20年以上も前に先行投資で整備されたという、この事実は驚嘆すべきことで、光科学技術はここでも非常に重要な役割を果たしてきた。
五神氏は、我が国には光科学分野の高度な知と人材の蓄積があり、私達はその優位性を存分に活用して、デジタル革命後の未来の社会像を世界に先駆けて提示する役割を担っていると述べた。さらに、光科学は我が国の成長の鍵を握っているとして、これを上手に活用して不連続ジャンプを野心的にクリアしていくには、さまざまな挑戦をしたい若者をエンカレッジしていかなければならず、そのためにも若い人達が心配しなくてよい体制を整えていくのが、私達の使命だと講演を締め括った。
歴史からの教訓
レーザ研究はすでに何世代もの交代が行われ、1960年当時のことを原体験で知っている人は少なくなった。その意味でも「レーザーの黎明期」を講演した霜田氏の話は、記録に値する貴重な講演だったと言えよう。一方、宮脇氏の「光と脳科学」に関する研究は、生命科学研究を飛躍的に進展させる可能性を秘めた最先端の研究であり、今後の発展が大いに期待できるものだ。
光科学技術の将来を担う若手研究者には、歴史を振り返ることの重要性と、そこから得られる教訓をもとに、世界をリードする研究を開拓していって欲しいと感じる一日であった。
(川尻 多加志)