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100億分の1秒のX線パルスによる分子磁性と分子構造変化の検出
December 17, 2009, 東京--科学技術振興機構(JST)目的基礎研究事業の一環として、東京工業大学大学院理工学研究科の腰原伸也教授らは、光によって分子内に100億分の1秒の間だけ出現する分子磁性と分子構造の変化を時間分解X線吸収微細構造(XAFS)法により直接観測することに成功した。
光を用いた物質の状態制御は、太陽光エネルギーの有効利用や次世代の光情報処理素子の開発のためのキーテクノロジーとして期待されており、特に光により磁性が変化する物質は、超高速光通信に必要不可欠な光スイッチングデバイスへの応用の観点から注目を集めている。今回の測定手法は、溶液中でランダムに配向した分子内で100億分の1秒だけ出現する分子磁性と分子構造の変化を鋭敏に検出することを実現するものであり、新たな超高速光磁気デバイスの開発のための基盤的な測定法として寄与することが期待される。
研究では、新たに開発されたXAFS法を用いることにより、光によって分子内に100億分の1秒の間だけ出現する磁性と分子構造の変化を直接観測することに成功した。
研究の対象としたサンプルは、1個の鉄原子の周りをフェナントロリンと呼ばれる3個の有機分子が取り囲んでいる分子集合体。このような分子集合体を一般に金属錯体と呼び、この分子を特に、鉄フェナントロリン錯体と呼ぶ。この鉄フェナントロリン錯体は水に溶かすと綺麗なワイン色の溶液になるが、非常に高強度で短い時間幅を持つ青色のレーザ光(パルスレーザ光)を照射すると、パルスレーザ光のエネルギーを吸い込んで、分子の色が変化し、700psで元の状態に戻ることが以前から知られていた。この現象は錯体分子の中心にある鉄原子の状態がレーザ光によって過渡的に変化し、元に戻ったことに対応する。
分子の色が変化していることで、分子中の磁性と分子構造が変化していることが予想されるが、実験的にその詳細なメカニズムを調べるためには、磁性と分子構造の変化を一度に測定することができるXAFS測定が最も有効な手法。ただし、一般的なXAFS測定は高速現象の測定には適さないため、特殊な方法で強力な短パルスのX線を利用する必要がある。研究は、KEKの放射光科学研究施設(PF-AR)の時間分解X線ビームラインNW14Aを使い行った。これは、高速な物質の状態変化を原子サイズの分解能の動画として観測するために、JSTとKEKとの共同研究により特別に設計・建設されたビームライン。このビームラインでは、レーザパルスとX線パルスを交互に繰り返し入射する測定法(ポンプ・プローブ法)によって、周期的に非常に短い間だけ出現する状態を、100ps幅のX線を用いてとらえることができる。
研究グループの足立准教授と野澤特別助教は、このビームラインを利用して時間分解XAFS実験を新規に開発することで、鉄フェナントロリン錯体の色の変化を、分子の磁性および分子構造の変化として観測することに成功した。その結果から、光励起後の鉄フェナントロリン分子中では、700psの間だけ、鉄原子の電子スピンの配置が変化して磁性が出現し、その影響で鉄とフェナントロリンの結合距離が0.198nmから0.251nmへと約10%伸びて分子構造が変化し、鉄とフェナントロリンの間の結合が弱くなっていることが明らかとなった。この結果は、溶液中でランダムに配向した分子が、光によって700psという非常に短い間に一瞬だけ分子磁石へと変化し、すぐに元の状態へと戻っていく様子を、これまで実現不可能であった空間精度と時間精度でとらえることに成功したことを表している。
この研究で開発された時間分解XAFS法によって、原子スケールにおける、極めて短い時間(100億分の1秒)の機能(磁性)の変化を、その機能変化と結びついた分子構造の変化と合わせて同時に直接観測することが可能となった。これは超高速な光磁性現象のメカニズムを知ることができるという意味で極めて画期的であると言える。このように光によって、分子磁性が超高速に変化する現象を詳しく探求することで、超高速な超微小メモリやスイッチの開発が推進されることが期待さる。
また、時間分解XAFS法は試料形状を選ばないため、固体だけでなく、液体や気体のように結晶でない試料に対しても適用可能。したがって分子磁石、磁性触媒、生物磁石といった、分子中の磁性を利用した新技術における反応機能解析・物質設計に大いに役立つことが期待できる。さらには、太陽光エネルギーの有効利用に向けて、新規太陽光発電技術の開発や光触媒反応によるCO2固定化など、光エネルギー利用技術の高効率化を目指した基礎測定技術としても、今後の発展が期待される。
この研究は高エネルギー加速器研究機構(KEK)の足立伸一准教授と野澤俊介特別助教(元JST研究員)、自然科学研究機構 分子科学研究所の藤井浩准教授と共同で行われた。
(詳細は、www.jst.go.jp)