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50兆分の1秒で起こる電子状態変化を、光電子イメージングでとらえる
August 4, 2009, 京都--理化学研究所は、光化学反応の途中で分子内の電子状態が高速変化する様子を、22フェムト秒(fs)という世界最高の時間分解能でとらえることに成功した。これは、理研基幹研究所鈴木化学反応研究室の堀尾琢哉基礎科学特別研究員(現京都大学助教)、藤貴夫専任研究員、鈴木喜一客員研究員、鈴木俊法主任研究員による研究成果。
分子が紫外光を吸収すると、高エネルギーの電子状態となり、光化学反応が起こる。一方、DNAの塩基のように、生命の設計図として機能し、後世に遺伝情報を正しく伝える分子は、紫外光を吸収しても壊れず、安定に存在し続ける必要がある。そのため、これらの分子では吸収した光エネルギーを速やかに熱に変換し、廃棄する過程(内部転換)が常に働いている。内部転換を高速に起こすためには、高いエネルギーの電子ポテンシャルと低いエネルギーの電子ポテンシャルが交わり、分子が高い電子状態から低い電子状態に乗り換える反応が起こる。この乗り換えは、電子ポテンシャルが、漏斗の形状を作った時に最も効率が高いことが知られており、一般的に円錐交差と呼ばれる。この円錐交差を経た内部転換は、30fs以内に起こる超高速過程で、多原子分子の高速エネルギー変換に最も重要な反応過程となっている。
研究グループは、分子内の化学反応を観測するために、超高速内部転換を示す代表的な分子とされる、ピラジン(C4H4N2) という平面型の芳香族分子をターゲットに定めた。ピラジン分子はこれまで多くの理論研究が行われていたが、実際にリアルタイムで化学反応を観測することは困難だった。研究グループは独自に開発した極短パルス光源と光電子画像観測装置を駆使し、反応途中のピラジン分子から時々刻々と電子を放出させ、その散乱分布を可視化した。その結果、ピラジン分子の内部転換(電子状態の変化)に伴って、放出される電子(光電子)の放出角度分布が高速に変化する様子を世界で初めて捉え、内部転換の実験的観測に成功した。同時に、この内部転換の検出には、分子内の電子が独立に運動した場合には起こらない、non-Koopmans型過程と呼ばれるイオン化過程の観測が、特に重要であることを発見。
研究グループは、ピラジン分子を真空内に導入し−270℃の極低温気体を発生させるとともに、直径数mmの細いビームとした。その分子ビームに対して、波長260nmで、パルス幅が14fsの第1の光パルスを照射し、ピラジン分子を第二エネルギー状態 (π-π*状態)に励起。その直後、高いエネルギー状態のピラジン分子は、漏斗型のポテンシャル面を滑り降り、第一エネルギー状態(n-π* 状態)へと変化する。この時、低下した分の電子エネルギーは振動エネルギーに変換される。この様子を観測するために、第1の光パルスを照射してから 0〜300fsの遅延時間を設け、波長200nm、パルス幅が17fsの第2の光パルスを反応途中のピラジン分子に照射し、ピラジン分子内の電子を真空中に放出させた。放出した電子(光電子)の運動エネルギーと放出角度は、真空中に飛び出す直前の電子状態の性格や性質を反映している。この放出したすべての光電子を静電場によって加速し、特殊なスクリーンに投影する手法を使って、時々刻々と変化する光電子の散乱画像を撮影し、運動エネルギー分布と放出角度分布から電子状態の高速な変化を可視化した。
研究グループは、π-π*状態からn-π*状態へと内部転換する寿命を、23±4fsと正確に決定した。観測した光電子散乱画像を、光電子の運動エネルギーEと時間tに対して解析し、Eが約0.9 eVの光電子放出角度分布は、光の電場に対して垂直になったり平行になったり、時間とともに急激に変化することが明らかになった。一方、電子のエネルギー分布自体は、時間に対する変化は非常に小さいことが分かった。この結果は、ピラジン分子がπ-π*状態から、n-π*状態へ高速に変化することを初めてとらえただけでなく、このような電子状態変化の観測において放出角度分布の観測が重要であることを明快に示している。
また、0.9 eVの光電子運動エネルギーを放出する過程は、電子が分子内で独立に運動すると考えるモデルでは説明できない過程であり、電子運動の相関の影響を明確に示す過程 (non-Koopmans型過程)であることを発見。このことから、ピラジン分子の高速内部転換の観測には、non-Koopmans型のイオン化過程が本質的に重要であることが明らかとなった。
(詳細は、www.riken.go.jp)