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エキシマレーザによる表面加工

ラルフ・デルムダール、ライナー・ペッツェル

材料加工の限界の克服が必要とされているレーザ加工の最先端応用では、UVエキシマレーザ技術の必要性が増大している。

 今日の最もコスト効果と信頼性に優れたパルス紫外( UV )レーザ技術のエキシマレーザは、フラットパネルディスプレイ(FPD)、自動車、生物医学装置、代替エネルギーなどの成長産業に対して生産技術の革新をもたらしている。 エキシマレーザの独自な付加価値は二つの基本的なパラメータ、つまり波長と出力パワーとの組合せから決まる。この付加価値を利用すると、ハイテク産業では要求性能の増大に対して、加工速度や生産コストを満たしながら対応することが可能になる。

大面積のマイクロメートル分解能

 エキシマレーザは材料加工用の市販レーザのなかでは最短のレーザ波長、つまり最高の光子エネルギーが得られる狭帯域の紫外レーザ光源だ。レーザ材料加工において実現可能な光学分解能はレーザ波長から決まるため、エキシマレーザは商業的に利用できる最も精密な光学的加工手段になる。エキシマレーザの出力は、波長変換をしなくても、UV光子の直接発生にもとづいているため、数百Wの出力パワーを容易に得ることができ、高いスループットや生産工程の規模拡大が可能となる。とくにエキシマレーザのフラットトップのビームプロファイルは、2次元(2D)および3D微細構造の高効率の並列加工に対して非常に適している。市販のエキシマレーザ加工装置を使用すると、波長と材料に依存するが、図1に示すような1 マイクロメートル(μm)に近い形状の加工が可能になる(1)。
 短波長を用いることで横方向に最小となる構造を得ることができるが、短波長は光子エネルギーが高くなるため(例えば、248nm では5.0eV、193nmでは6.4eV)、材料への吸収が強くなり、パルスでの垂直方向の加工は非常に制約を受ける。実際、エキシマレーザを用いて薄層の材料を加工した場合の深さ分解能はサブミクロン程度となり、レーザパルス当たりでは材料と波長に依存するが、50nmという小さな値になる。
 このように、エキシマレーザは前例のない高分解能の光学的加工を行うことができる。したがって、微細構造を変えて大面積を機能化する場合の理想的な加工手段になる。また、エキシマレーザはレーザ加工用として市販されているレーザのなかでは最も強力なUV光源だ。

高エネルギーのUV特性

 最新のエキシマレーザは、図2 に示すように、308nmにおいて500W以上の出力エネルギーが得られ、最大1 ジュール(J)のパルスエネルギーを600Hzの繰返し速度で発生する。
 パルスエネルギーが高いため、エキシマレーザのそれぞれのパルスは、30mm2 の広い試料面を1J/cm2 までのエネルギー密度で微細加工することができる。分かりやすい比較で言うと、サッカー場に芝生を植えるような作業に相当する。
 高出力エキシマレーザの600Hz までの繰返し速度を組合せると、毎秒数十cm2 の表面加工が可能になる。エキシマレーザの数百W にまで達する高いパルスエネルギーは、比類のない手法で大面積の加工に変換され、毎秒数百ショットのパルスからは大面積の加工に必要な採算性を確保できる。

エキシマレーザによる表面処理

 以下に列挙する応用は、今日のエキシマレーザの進歩した加工技術から得られる技術革新を例示している。これらの事例に共通していることは、エキシマレーザによる加工により製品の性能の飛躍的改善が可能になることだ。
 ディーゼルエンジンは化石燃料を最も大量に消費しているエンジンの一つとして、陸路、鉄路、海路などの公共輸送と貨物輸送ばかりでなく、農業機械にも使われている。また、欧州市場の自動車の40%はディーゼルエンジンを使用している。
 燃費の向上や環境汚染の低減といった環境規制の強化と、パワーや効率の向上を求める市場からの要求によって、ディーゼルエンジンのメーカーは革新的な解決策を求められている。ディーゼルエンジンの技術は高い圧縮比を利用するため、鋳鉄シリンダ内部を運動するピストンの潤滑と磨耗に非常に困難を要する。
 従来のシリンダの内壁はホーニングと呼ばれる機械的研磨で仕上げられた状態のため、図3-a に示すように、その表面には交差する多数のマイクロチャネルが現われる。その結果、ピストンが運動するときの潤滑油はマイクロチャネルに沿って流出し、ピストンリングとシリンダ壁との望ましい潤滑効果がひどく損なわれる。実際、ピストンリングとシリンダ内壁との摩擦はディーゼルエンジン全体の摩擦損失の60%を占める。
 308nm エキシマレーザとアシストガスとして窒素を使用してシリンダ内壁の後処理を行うと、シリンダの内面構造は、図3-b に示すように、望ましくない状態から非常に好ましい状態へと完全に変化する。エキシマレーザの短波長と高エネルギーの光子はシリンダの鋳鉄材料と相互作用し、次の三つの効果に基づいて、その表面は改質される。
1) シリンダ内壁の2μm ほどの深さが選択的に溶けて全体が平滑になる。
2 ) 表面に近いグラファイトがなくなるため、その場所が潤滑油のオイル貯めとして機能する。
3 ) 窒素をアシストガスとして使うことで窒化物の形成をもたらし、溶けた表面の密度が上がるため、表面硬度がさらに高くなる。
 表面改質効果の比較試験がディーゼルエンジンの試験台で行われた。その結果、エキシマレーザで表面処理したシリンダの磨耗率は、従来のホーニング加工したシリンダよりも減少することが分かった。デューティサイクルに依存するが、シリンダとピストンリングの磨耗率は、いずれも85%以上の減少を示した。さらに、潤滑油の消費も75%低減できる。
 このように、エキシマレーザによる加工を用いることで、燃費の向上や長期的な摩耗の減少が可能になる。また、潤滑油の消費や排ガスに含まれる粒子状物質が減ることによって、結果的には資源確保や環境を守ることにもつながる。
 エンジンメーカーにとっては二つの経済的利点を得ることができる。一つは規制への対応が容易になることであり、もう一つは製品が差別化されて市場競争力が向上することである。

ディスプレイの進歩

 最近の10 年間に、世界のFPD 産業は驚異的な成長を果たし、その用途は、携帯電話や自動車ナビゲーション用の小型ディスプレイ、テレビやノートパソコン用の中型ディスプレイ、さらには家庭用娯楽機器や広告パネル用の大型ディスプレイにまで拡大した。
 有機EL(OLED)やフレキシブル基板を利用したディスプレイなど、新しいディスプレイ技術の発展は、ディスプレイ産業の急速な成長を牽引するだろう。そのなかで、FPDのメーカーは、消費電力の減少、応答時間の高速化、コントラストや解像度の向上などのさまざまな性能改善に取組んでおり、薄膜シリコンバックプレーンに対して厳しい課題を突きつけている。その結果、
より高速で高輝度のディスプレイが増加していくことになり、従来のアモルファスシリコン(a-Si)バックプレーンでは性能限界に直面している。
 アクティブマトリクス(AM)ディスプレイに使われるシリコンは、化学気相成長法(CVD)の一種であるプラズマCVDを用いて成膜されている。残念なことに、この技術から得られるシリコン層は非晶質の度合いが本質的に高いため、FPDの画素のスイッチング速度と全体の消費電力は厳しい制約を受ける。
 特に、より高い輝度と解像度をもつ高性能ディスプレイは、高速スイッチングとより小さなトランジスタが必要となり、その電子移動度は従来のα-Siバックプレーンから得られる約1cm2/V-sよりも大きくしなければならない。
 エキシマレーザによる工程(図4)を加えると、低い電子移動度のシリコンは改質され、高解像のAM 液晶ディスプレイ(LCD)高速電圧スイッチングを可能にするばかりでなく、発展途上のAMOLEDの電流駆動にも必要な薄膜を得ることも可能になる。エキシマレーザを照射したa-Si層は選択的にアニーリングされ、再結晶化が起こり、秩序性の高い多結晶シリコン層へと改質される。308nmの短波長の高出力エキシマレーザビームは侵入深度が浅いため、薄膜の下にあるガラス基板は影響を受けない(4)。
 エキシマレーザは数百W の出力パワーが得られるため、大面積の高速加工も可能になる。改質された多結晶シリコン層の電子移動度はa-Si層の場合よりも二桁大きい100cm2/V-s以上になる(図5)。
 このように、エキシマレーザで改質したAM-LCDとAM-OLCDは電子移動度が高くなり、高速で高輝度の、薄くて軽い製品を市場に投入することが可能になる。さらに、エキシマレーザによる表面改質は低温アニーリングで行われるため、剛性のあるガラスではなく、柔軟性のあるプラスチック基板の利用が可能になり、曲げることができる電子ブックや新聞などのディスプレイへの基盤技術を得ることができる。

太陽電池パネルの効率向上

 太陽電池(PV)産業の市場は力強く成長しているが、太陽光発電の採算性を確保することは容易でなく、大規模発電が公的助成なしに競合可能になるには、さらに5年ないしそれ以上の年月が必要になると言われている。
 したがって、PV 市場は、現在進行中の工程の最適化と電池効率の改善に加えて、光の捕集効率を向上するためのガラス、ウエハ、電極グリッドなどの改善が必要になると考えられる。
 現在のところ、太陽電池の大規模商業生産の多くは多結晶シリコンであり、シリコンのインゴットからウエハへの切断はワイヤソーを使って行われている。この切断加工はウエハ表面から約10μmの深さにまで達するマイクロクラックが発生する。ワイヤソーによるマイクロクラックはウエハ表面の機械的強度が減少するため、この損傷を表面から除去しなければならず、一般に、溶液による高速エッチングを用いて行われている。エッチング速度は結晶方位や不純物によって局所的に異なるため、望ましくない光反射損失をもたらす不均一に分布した数μmの窪みが全面に現われる(図6-a)。しかし、高効率の太陽電池を製造するには、表面からの光反射をできるだけ減らさなければならない。
 エキシマレーザを用いたプロセスを導入することで、太陽電池の光吸収の全体効率が大幅に増強される。エキシマレーザの308nmもしくは248nmの波長を用いた大面積のマスク投影加工を窒化シリコン(SiNx)エッチング障壁層に行うと、アブレーションされた規則的な微小穴からなるパターンが形成される。このパターンをもつSiNxエッチング障壁層を溶液エッチングすると、図6-b に示すような構造が得られる。この図ではエキシマレーザよるSiNx エッチング障壁層の精密アブレーションによって、直径10μmの微小穴からなるピッチ20μmの規則的なパターンが形成されている(5)。
 エキシマレーザ加工から得られた規則的な表面構造は、入射した光をガラスと空気の界面方向へ向けるため、光は実質的に全て内部反射で進むことになり、最終的には太陽電池の表面に垂直な方向に戻る。その結果、全体の反射率は34%から11%に減少し、太陽電池の全体効率は0.4%の増加となった。
 最新のエキシマレーザは数百Wの出力と数百ヘルツの繰返し速度が得られるため、大面積SiNx のパターニング加工は太陽電池(156×156mm)当たり数秒の高速度で行うことができる。

超伝導の商業化

 高温超伝導(HTS)の進歩によって磁気エネルギー蓄積から電気エネルギー輸送までの技術の解決策が得られ、後者の配電網では通常の銅ケーブルに比べて100倍以上の電流密度が得られるようになる。液体窒素冷却で動作可能となるHTSシステムの利点として、従来の技術よりも高いエネルギー効率、高い電流密度、強い電場と電力、高いパワー密度の特性を細くて軽いケーブルで得ることが可能になる。HTSがもつ将来の低コストおよび省エネルギーの可能性は膨大であるため、さまざまな技術的障壁を突破して、実現しなければならない。HTSの商業化を実現するには、コスト的に優れた高性能薄膜の蒸着技術がきわめて重要になる。
 超伝導金属酸化物薄膜を化学的に堆積する方法のなかで、有機金属堆積(MOD)法は最も有望な方法だ。通常のMOD法は適切な金属原子(通常はY、BaおよびCu)を含む有機前駆体溶液を使用して、基板層の浸漬コーティングを行い、次に500℃での加熱と1000℃の高温度での焼成を繰返して、有機溶媒の除去と堆積層の酸化を行う。溶液法によるコーティングは本質的に高速の堆積法だが、形成されるYBCO層の結晶構造から得られる電流密度特性は不十分なため、この問題は時間のかかる加熱と焼成を繰返しても解決できない。
 産業総合研究所と日本製鋼所の研究グループは、エキシマレーザを利用すると全体の加工時間の高速化が可能になり、薄膜の性能が大幅に向上することを実証した。彼らは時間のかかる加熱と焼成の工程を308nm大面積エキシマレーザ照射によるエキシマレーザ支援MOD 法( ELAMOD )に置き換えて、超伝導薄膜の加工時間を5 分の1に短縮し、超伝導性能を3倍に向上させた。性能の飛躍的向上は図7の色の変化からも明らかで、YBCO 層での結合破壊と再結合から生まれている。
 エキシマレーザを照射したYBCO 薄膜は、液体窒素で冷却して測定した臨界電流密度が600万Acm2以上となり(図8)、パルスエキシマレーザ蒸着(PLD)などと並びELAMODは超伝導体の大規模な商業化にとって最も有望な方法になった。実際のところ、ELAMODで加工したYBCO薄膜は、今までの化学溶液堆積法から得られた最高の電流密度を達成している(6)。
 また、商業化が近づいているHTSの最後の例で示したように、エキシマレーザを使うことによる加工速度の向上によって、大幅な加工コストの低減が達成される。薄膜製品ではマスクパターンを使用し、テープ製品ではオープンリール方式を用いることで、高品質超伝導材料の大幅なコスト低減と大量生産が可能になる。将来の応用としては、配電網を安定化するための超伝導漏電リミッタや、密集した都市の移動通信容量を増強するためのパターン化マイクロ波フィルタやアンテナ構造などが挙げられる。

将来展望

 大面積を精密加工する場合のエキシマレーザ技術は、その他のレーザ技術やレーザ以外の技術を完全に圧倒している。材料加工に対する限界の克服が必要になった産業用レーザ応用の最先端分野では、エキシマレーザ技術の必要性が増大している。上述したように、ディスプレイ、自動車、再生可能エネルギーなど、成熟と発展を続けているさまざまなハイテク製品は、エキシマレーザのUV光子を利用することで、性能限界の克服が可能になると考えられる。

図1 248nm マスクイメージングを用いた硬い固体材料の大面積薄膜パターニング。非常に高分解能のパターンが1 パルスで形成されている。

図2 いくつかの高出力エキシマレーザと固体レーザの出力比較(UV 出力パワーを308nmと248nm のエキシマレーザと355nm の固体レーザで比較している)。

図3 左は従来の鋳鉄シリンダ内壁に見られる表面構造の顕微鏡写真。機械的な研磨加工から生じた微細溝が明瞭に現われている。一方、右はUV エキシマレーザ処理をした表面の顕微鏡写真を示している。平滑化と硬化が進んだ表面は摩擦と磨耗が減少し、グラファイトがなくなった部分は潤滑油のオイル貯めとして機能する。(資料提供:独アウディ社)

図4 エキシマレーザによるシリコンのアニーリング処理の概念図。約50 μ m 厚のα-Si 層が電子移動度の高いポリシリコン層へ改質されている。

図5 308nm のエキシマレーザでアニーリングと再結晶化の処理をした秩序性の高い多結晶シリコン層を示している。(資料提供: 日本製鋼所)

図6 左は溶液法でエッチングした多結晶シリコンウエハの顕微鏡写真。右はエキシマレーザでSiNxエッチング障壁層をパターニングした後にエッチングした多結晶シリコンウエハ表面の周期構造。

図7 ELAMOD により得られたYBCO 超伝導薄膜。マスクを通したエキシマレーザ光の露光で黒くなった部分は、薄膜の性能が光化学的硬化効果により飛躍的に向上したことを示している。

図8 従来の溶液堆積法によるYBCO 超伝導層とエキシマレーザ照射後のYBCO 超伝導層の臨界電流密度を比較している。

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