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フィールドに飛び出したCO2レーザ
炭酸ガス(CO2)レーザは、精密機械であるため、基本的には据置で使われる。しかし、カンタムエレクトロニクスは、大成建設とノンスリップ加工機を共同開発し、CO2レーザの用途として新たな領野を拓いた。
カンタムエレクトロニクスは、レーザの輸入商社として知られているが、最近は輸入製品に付加価値をつけて販売することにも注力している。商社でありながら、メーカー的なカラーを出していくところに同社のユニークさが見られる。
この方針に沿って、同社が大成建設と共同開発したのがCO2レーザを組込んだノンスリップ加工機だ。加工機の目的は、雨天時に滑りやすくなる駅やホテルなどのエントランスに敷き詰められた石材に滑り止めを目的とした溝を加工することにある。
大手建設会社の一つである大成建設は、競合する建設会社に対するアドバンテージとして「ノンスリップ加工」技術を開発した。
雨天時に足を滑らせて転倒する事故は、訴訟対象にもなることから、建物の所有者のノンスリップ加工に対する関心は高いと見られている。従来からある滑り止め加工法としては、ガスバーナーで石材の表面処理をする、あるいは滑り止めシールを貼るなどがある。しかし、コスト、美観、メンテナンスなどで問題があるとされている。ガスバーナー加工では、加工対象となる石材の光沢性が失われ、美観が損なわれる。また、滑り止めシール貼り付けの場合は、時間の経過とともにシールが剥がれることは避けられないため、半年に1回程度のメンテナンスが必要となる。これはメンテナンスコストとして跳ね返ってくる。これらの問題点を考慮に入れ、大成建設は、新たなノンスリップ加工法を開発した。レーザによる滑り止め加工だ。
レーザの選択
加工機の設計で、大成建設が選択したのはCO2レーザ。レーザとしては、半導体レーザ、YAGレーザなどもあるが、「石材に対して吸収がよい波長」という条件でCO2が選ばれた。半導体、YAGなどに比べて、波長10.6μmのCO2レーザの方が吸収がよいことが大成建設の研究の結果明らかになっている。加工速度を考えると、レーザの出力は大きいに越したことはないが、「屋外での使用」という条件を入れると、使えるレーザは自ずと絞られてくる。カンタムエレクトロニクスの営業部部長、吉留正司氏はCO2レーザ選択の経緯について次のように話している。
「屋外で使用するため、水冷は適切ではない。ホースが外れるなどの事故を避けたいと考えたからだ。そこで、空冷方式を選択した。さらに、可搬重量を考慮した結果、100Wの空冷CO2レーザに落ち着いた。」
米シンラッド社の空冷100W CO2レーザを搭載したノンスリップ加工機プロトタイプは2003年に完成している。
すでに2000時間稼働
ノンスリップ加工機のプロトタイプは、加工機部分と電源部の二つのボックスで構成され、両者はケーブルで接続されている。電源は、どこでも使えることを考慮してAC100Vとした。重量は、それぞれ100kgと70kgだが、車輪をつけて移動を容易にしている。加工機はXYステージでレーザヘッドを動かし、格子状、渦巻き円など、様々なパターンが描けるようにソフトウエアを開発した。
大成建設は、このプロトタイプを使用してJR大井町駅(東京都)、JR軽井沢駅(長野県)、ホテルなど、数カ所の滑り止め工事を行ない、2号機開発のためのデータ取得とプロトタイプの問題点の洗い出しを行なった。プロトタイプは、大成建設ラボでのテストランを含めて、すでに2000時間以上稼働しているが、レーザの不具合、出力ダウンなどは一切見られず、CO2レーザが振動や埃の多い屋外の悪環境での使用にも耐えうることを証明する結果が得られている。
大成建設とカンタムエレクトロニクスは、プロトタイプの改良バージョン、2号機の開発に取りかかり、2007年4月に開発を完了した。
小型、軽量化された2号機
2号機では、軽量化、加工機の横幅圧縮、加工パターンの簡略化などの点が改善点となっている。軽量、小型化は、運搬を一層容易にするために行なわれたが、これの実現は加工パターンの簡素化という譲歩を伴う。
「2号機では、加工パターンを円弧だけにした。プロトタイプは、格子状、渦巻き円などと多様な加工パターンを実現するためにXYステージを搭載し、重量もサイズも大きくなった。2号機では、軽量化、小型化を開発のポイントにし、限界に近いところまで小型化した」(吉留氏)。
改良の結果、加工部は100kg から65kgに軽量化された。これにより、作業現場への運搬にリフト付の特殊車両を用意する必要がなくなった。また、プロトタイプは、駅の改札の幅を超える大きさだったが、2号機では横幅を圧縮して楽に改札を通過できるサイズにした。
この小型化により、加工のデッドスペースも最小化された。プロトタイプでは、壁際などで加工できない部分、デッドスペースが100(サイド)×100mm(前方)あったが、これを40×45mmに縮小した。石材の一般的なサイズは400×400mmで、これに合わせて400mm幅で加工するが、デッドスペースは左右、前方に加工幅の1/10程度しか生じない。加工機は、この加工幅400mmで円弧を描きながら設置されたガイドレールに従って、自動加工していく。作業員が直接操作するプロトタイプどは異なり、2号機では、ほぼ無人で作業が進行する。オペレータは、安全のためにリモコンを手にして加工機のそばで監視していればよいことになっている(図1、2)。
この他、2号機ではパワーチェック機能の実装、集塵機の取り付け、接続ケーブルのヘビーデューティ化などの改善がなされている。
一層の効率を追求
2号機は、扱いやすさ、作業性、作業効率など、十分な改良がなされたとも言えるが、大成建設とカンタムエレクトロニクスは、一層の作業効率の向上、さらなる小型化を目指して開発を進めるという。
吉留氏によると、空冷100W機を2台使用し、ビームコンバイナで新たに200Wを独自開発する案もあるという。また、コンパクト化では、板金の厚さの見直し、ボディの素材そのものの見直しも検討課題となっている。作業性の向上では、センサ機能の本格活用による自動化への移行が目標になっている。
高出力化、軽量化などは、装置に対する投資コスト増となる開発だが、タクトタイムが向上し、運用コスト削減につながる開発でもある。
2号機は、今年7月に開催されたInterOpto'07で紹介されたが、競合建設会社のメンテナンス会社も関心を示しており、建物の所有者の悩みの一つに雨天時のスリップ転倒事故があることが浮き彫りになった感がある。現在、このような滑り止め目的に後加工は関東圏のみで行なわれているが、今後は全国的に展開していくことも検討されているという。