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月・火星の『時』を定義へ、NIST が太陽系進出の基盤を構築

1.はじめに
 人類が地球の枠を超え、月や火星といった新たなフロンティアへと活動範囲を広げようとする中、宇宙空間における「時刻」の定義が喫緊の大切な課題となっている。地球上では原子時計やGPS衛星、高速通信ネットワークが連携し、極めて正確な時間が維持されている。しかし、物理学者アインシュタインが示した相対性理論によれば、重力の強さによって時間の進み方は異なり、宇宙の異なる場所では時計が異なる速度で進むことが知られている。この原理は、広大な太陽系全体で時計を同期させることを困難にし、将来の宇宙探査や有人ミッションにおいて、航法や通信の精度に大きな影響を及ぼす可能性がある。

2.月面の重力環境下での時間
 NISTはまず、地球に最も近い天体である月での計時システム構築に焦点を当てた。2024年には、月における正確な時刻を維持するため、月面の原子時計は地球の原子時計よりも1日あたり約56マイクロ秒速く進む(すなわち地球時間の1秒が月ではほんの少しだけ短くなる)ことを考慮する必要がある。これは探査ミッションにおける宇宙飛行士の活動スケジュールの管理、探査機の精密な運用、地球との円滑な通信を確立する上で不可欠な要素である。地球とは異なる月表面の重力環境下で、いかにして高精度な時刻を維持し地球の標準時刻と同期させるか、という複雑かつ重要な課題への具体的なアプローチは、月面での持続的な人類の居住を目標とするNASAの野心的なアルテミス計画にとって、極めて重要である。

3.火星の重力環境下での時間
 2025年、NISTの研究者たちは、さらに遠方の火星における「時刻」の謎を解明し、その正確な計算結果を発表した。この計算には、火星探査ミッションで長年収集されたデータが用いられた。これにより火星表面の重力を推定でき、地球の赤道面の海面などの基準点と比較して、火星表面の一点における重力が地球の約5分の1であるという精密な計算が可能となった。この結果、火星の原子時計は地球の原子時計よりも、1日あたり平均477マイクロ秒速く進むことが判明した。つまり火星の重力が地球より弱いため、地球の1秒は火星では短い。この非常にわずかな差は、一般相対性理論の効果として生じる現象である。さらに詳細な分析により、火星の軌道が太陽からの距離によって変化する「離心率」や、火星に接近する他の天体の重力の影響により、火星の1年あたりの時間の変動幅は最大226マイクロ秒にもなりうることがわかった。この画期的な研究成果は、月面の計時システム研究に続くものとして『The Astronomical Journal』に掲載された。

4.まとめ
 広大な太陽系における航法システムや、地球と火星間の高速通信ネットワークを正確に同期させるためには、それぞれの天体における「固有の時刻」を定義し、そのずれを正確に補正する必要がある。宇宙空間での長距離移動や精密な操作においては、わずかな時刻のずれでも致命的な誤差となりうるため、これは極めて重要である。
 詳しくはNISTのWebへ。
● 月時刻に関する記事(2024/08/12):
https://www.nist.gov/news-events/news/2024/08/what-time-it-moon
● 火星時刻に関する記事(2025/12/01):
https://www.nist.gov/news-events/news/2025/12/what-time-it-mars-nist-physicists-have-answer