国内リポート 詳細

進化するレンズ製造技術

March, 19, 2020--人が眼で見ることができる光の波長は可視光と言い、380~750nmの範囲である。目の構造は、単純化すると、レンズに相当する角膜、フォトダイオードに相当する網膜で構成されている。網膜は、可視光範囲で光の波長を微弱電流に変換して信号を脳に送る。
 この機能を真似たものがスマートフォンや内視鏡などのカメラ機能である。これら人工の「眼」は、それぞれのコンポーネントを高機能化することで、人の眼にはない機能を実現できる。
 ここでは、最近のレンズ製造技術の進化に注目したい。
1.微小ガラスレンズ作製に極微ガラス吹き製法
2.光を成形するSmartlensとは何か
3.MIT、数学技術で次世代レンズを素早く調整
これらは、製造技術であるとともに、レンズの高機能化技術でもある。

1.微小ガラスレンズ作製に極微ガラス吹き製法
 FEMTO-STの研究チームは、ローマ時代から使われているガラス吹き技術を再検討することで、微小な円錐形レンズを開発した。
 何世紀にもわたって、ガラス吹き法は、ガラス部品を量産する技術である。FEMTO-STの研究チームは、先頃、それを微小スケールに適用し、特殊光学コンポーネント、微小アキシコンを同一基板上に量産した。 
 このコンポーネントは、要するに円錐形レンズであり、そのプロファイルは、擬似ベッセルビーム、つまり非回折ビームを生成する。これは、微小な光サーベルあるいは光の針になる。
 アキシコンは、光ドリリング、イメージング、粒子や細胞を操作するための光トラップ実現に便利な方法で、レーザ光成形に使われる。こうしたレンズは、60年以上前から知られているが、その製造は特に小さい場合には、簡単ではない。
 フランスのFEMTO-ST Institute、 Nicolas Passillyは、「われわれの技術は、ローコストでロバストなガラス微小アキシコンを製造することができる。これは、バイオメディカルイメージングアプリケーション向けの微小イメージングシステムで利用可能である。例えばOCTなどである」と説明している。
 Optics Lettersに発表された成果によると、研究チームは、新しい製造アプローチは、半導体ウエハ上に多数の光回路や電子回路を同時に造る場合と同じプロセスに基づいている。研究チームは、そのアプローチを利用して直径0.9㎜、1.8㎜のガラスアキシコンを造り、ベッセルビーム生成に成功したことを示した。
 「ウエハレベルの微細加工によりアキシコンは、同様にウエハレベルで製造された、より複雑なマイクロシステムに組み込むことができ、ウエハスタックで構成されるシステムが実現される。この種の統合は、光学アライメントが優れており、高性能真空パック、非常に低コストの最終製品が実現される。これは、多数同時加工できるからである」とPassillyは説明している。

【マイクロレンズの製造】
 レーザとともに使用するとき、アキシコンはベッセルビーム(軸で最大強度となる非回折ビーム)のように始まり、次いでアキシコンとは、ほど遠い中空ビームに変わる。ベッセル的なビームは、同じ径の従来の丸形レンズで集光されたビームよりも桁違いに大きな焦点深度が特徴である。ビームの高焦点深度により、一段と深い光学ドリルが可能であり高品質のOCT画像が得られる。光ピンセットでは、ビームのベッセル的な部分と中空部分の両方を使って粒子、細胞をトラップすることができる。
 ガラスアキシコン作製にこれまで使われていた技術では、一度に1個のレンズしか作製できない。より安価なレキシコンはポリマで造れるが、これらはウエハレベル製造などの高温工程には耐えられない、また高レベルの光パワーを必要とするアプリケーションにも利用できない。
 Passillyは、「ポリマアキシコンは、たとえば光学ドリリニングには使用できない。瞬間的な光パワーは、極めて短時間とは言え、原子炉のパワーに匹敵するからである」と言う。

図1 新しいウエハレベル技術は微小ガラス吹き法を使い、アキシコンとして知られるマイクロレンズを作製する。写真は、ウエハ上に製造されたレンズを示している。(Credit:Nicolas Passilly, FEMTO-ST Institute)

図1 新しいウエハレベル技術は微小ガラス吹き法を使い、アキシコンとして知られるマイクロレンズを作製する。写真は、ウエハ上に製造されたレンズを示している。(Credit: Nicolas Passilly, FEMTO-ST Institute)

 マイクロガラス吹きは、マイクロレンズ作製にこれまで利用されてきたが、通常は、単一のタンクからのガス膨張を必要とする。研究チームは、光コンポーネントの円錐形状を作るためにマルチタンクからのガス膨張を統合するアキシコン製造法を開発した。同技術は、下から表面を成形し、高品質の光学面を造る。3Dマスクからエッチング転写し、上からウエハを彫るような一般的に利用されている方法とは異なる。
 新しいマイクロガラス吹き法を実行するために研究チームは、シリコンキャビティを同心円に堆積し、次に大気圧でガラスを封止した。シリコンとガラススタックを炉に入れると、キャビティにトラップされたガスが膨張し、リング形状のバブルを造る。このバブルがガラス面を押し出して、円錐形状を造る。反対側は研磨し、成形されたレンズだけが残るようにする。
 「われわれが利用した全プロセスはマイクロファブリケーションの標準であるが、われわれはこの技術を非標準的な方法で適用して微小ガラスアキシコンを造った。その技術は、他の形状、円筒対称性のない形状の作製にもに適用可能である」とPassillyは話している。
 研究チームは、これらの光学コンポーネントをOCT機器に組み込む計画である。OCTは、ガン検出や他の医療アプリケーション向けに研究チームが開発したものである。

2.光を成形するSmartlensとは何か
 Institut de la VisionとICFO研究チームは、ほぼどんな光学機能も達成できる動的可変レンズについて報告している。
 モバイルデバイスのカメラ性能は、ほとんどのエンドユーザが目標にしている特徴の一つの実証である。光学的画像品質の改善の重要性、ますます薄くなるスマートフォンの傾向により、メーカーはカメラの数を増やさざるを得なくなっている。例を挙げると、優れたズーム、微光露光高品質写真、ポートレートなどの機能を電話に搭載するためである。しかし、微小な光学的構成にレンズを追加し、電子デバイスで集光させることは、はたで見るほど簡単ではない、特に小規模で狭い空間の場合は難しい。
 ミリメートル厚の携帯電話、微小顕微鏡、医療内視鏡の遠端に調整可能動的ズームレンズを組み込むとなると、全光スペクトルを扱え、ミリ秒で電気的に形状が変えられる複雑なレンズが必要になる。これまで、液晶空間光変調器として知られるソフト材料の類いが、高解像度光成形の最適ツールであったが、それを実装することは、パフォーマンス、大きさとコストの点で限界があることが分かっている。
 Nature PHotonicsに発表された研究で、 Institut de la VisionとICFOの研究チームは、機械的な動きなしで光を操作する調整可能な技術を実証した。研究チームのリーダーはICREA教授、ICFO、 Romain Quidant。
 このアプローチは、スマートレンズ(Smartlens)と名付けられ、最適化されたマイクロメートル抵抗を電流が流れると、局所的な加熱が、その抵抗を保持している透明ポリマプレートの光学特性を変える。熱い空気を透過する光をミラージュが曲げて、遠くの湖のイリュージョンを作るのと全く同じように、簡単なポリマスラブがレンズになったり、元に戻ったりする。小さなマイクロメートルスケールのスマートレンズが、微小な消費電力で素早く過熱、冷却する。スマートレンズはアレイでも製造できる。研究チームは、大差のある距離に存在する複数の物体が各々の前にあるSmartlensesを活性化することで同じ画像内に焦点を結ばせることを示した。光景が、たとえカラーでも、これは可能である。
 熱の散乱と光の伝搬をモデル化して自然選択法からヒントを得たアルゴリズムを使うことで、単純なレンズを遙かに超えられることを研究チームは示している。適切に設計された抵抗が、極めて高水準の制御で光を成形し、幅広い光学機能を実現する。例えば、適切な抵抗をそれにインプリントすると、ポリマは思いのままに活性化、非活性化して所与の「自由形状」を生成し、われわれの視覚の特殊な欠陥、光学機器の収差を補正することができる。
 Romain Quidant教授は、「注目すべきは、Smartlens技術が、コスト効率がよくスケーラブルである点である。また、簡単なエンドユーザ指向イメージングデバイスとともに、ハイエンドの技術システムにも適用可能性が実証されている」と説明している。この研究の成果は、低コストの動的可変デバイスの開発に扉を開くものであり、現在の既存光学系に大きな影響を与えると考えられている。

図2 Smartlensの略図。(Image credit: Marc Montagut)

図2 Smartlensの略図。(Image credit: Marc Montagut)

図3 光学機器へのSmartlensの設置(ここでは顕微鏡)。(Image credit: Marc Montagut)

図3 光学機器へのSmartlensの設置(ここでは顕微鏡)。(Image credit: Marc Montagut)

3.MIT、数学技術で次世代レンズを素早く調整
 顕微鏡、メガネ、カメラなどに光を集光するように設計された光学レンズは、曲面で透明なプラスチックかガラスであると、われわれのほとんどが認識している。概して「レンズ」の曲面形状は、何世紀も前に発明されてからほとんど変わっていない。
 しかし過去10年、エンジニアはフラットな超薄型材料「メタサーフェス」を実現した。これは、従来の湾曲レンズで可能なことを著しく上回る光の機能を実現できる。エンジニアは、1本の毛髪の幅よりも数100倍小さい個々の特徴をそのメタサーフェスにエッチングしてパターンを作る。これにより表面全体が非常に精密に光を散乱させることができる。しかし、問題は、所望の光学効果を出すためにどんなパターンが必要かを正確に知ることである。
 マサチューセッツ工科大学(MIT)の数学者がソリューションを考えついたのは、そこである。Optics Ex-pressに発表された研究で、チームは、新しい計算技術を報告している。これによると、数100万の個々の微視的特徴の理想的な構成と配置をメタサーフェス上に確定し、特殊な方法で光を操作するフラットレンズを創ることができる。
 以前の研究は、可能なパターンを半径の異なる円い穴など所定の形状の組合せに制限することによってその問題に取り組んだ。しかし、このアプローチは、作れる可能性のあるわずかなパターンを研究するだけである。
 新しい技術は初めて、1㎝2程度の大きな光学的メタサーフェスに完全に任意のパターンを効率よく設計するものである。個々の特徴が20nm幅であることを考えると、このメタサーフェスは、比較的大きな領域である。MIT数学教授、Steven Johnsonによると、その計算技術は、所望の光学効果の範囲に素早くパターンを調整できる。
 「例えば、いくつかの異なる色で良好に機能するレンズ、あるいは光をスポットに集光する代わりに、ある種のホログラムや光学トラップを作りたいなどである。望むものを言ってくれれば、この技術は、作るべきパターンを見つけ出すことができる」と同氏は説明している。

【ピクセル・バイ・ピクセル】
 1個のメタサーフェスは、一般に微小なナノメートルサイズのピクセルに分けられている。各ピクセルはエッチングされているか、そのまま何もされていないか、そのいずれかである。エッチングされたピクセルは、一緒になって、いくらでも異なるパターンを形成することができる。
 今日までに、研究者は、数10マイクロメートル幅の微小光学デバイスに可能なピクセルパターンを探すコンピュータプログラムを開発した。そのように微小な精密構造は、例えば、超微小レーザで光トラップし、方向付けるために使用することができる。このように小さなデバイスの正確なパターンを決めるプログラムは、光の散乱を記述する基礎方程式、マックスウエルの方程式を解くことで行うが、これはデバイスの全ての個々のピクセルに基づいて行い、次に、その表面が所望の光学効果を持つまで、そのパターンをピクセルごとに調整する。
 しかしJohnsonによると、ミリメートルあるいはセンチメートル幅の大きな表面では、このピクセル毎のシミュレーション作業はほぼ不可能である。コンピュータは、桁外れに多くのピクセルで、非常に大きな表面を取り扱わなければならないだけでなく、最終的に最適パターンに到達するまで多数の可能なピクセル配置の多くのシミュレーションをしなければならない。
 「構造全体を捉えられるだけの大きな規模のシミュレーションをしなければならないが、細部を捉えられるだけの小さなシミュレーションも必要である。その組合せは、直接取り組むなら、実際、膨大な計算問題である。地球上最大のスーパーコンピュータに頼ってそれをするなら、またいくらでも時間があるなら、 こうしたパターンの一つをシミュレートできるかも知れない。しかし、それは大変な仕事になる」と同氏はコメントしている。

【困難な探求】
 Johnsonのチームは、最近、大きなメタサーフェスで所望のピクセルパターンを効率よくシミュレートするショートカットを考案した。材料の平方センチメートルにおいて、全ての個別ナノメートルサイズピクセルでマクスウェルの方程式を解く代わりに、研究チームは、これらの方程式をピクセル「パッチ」で解いた。
 開発したコンピュータシミュレーションは、ランダムにエッチングしたナノメートルサイズのピクセルの平方センチメートルから始まる。チームは、表面をピクセルグループ、つまりパッチに分割し、各パッチがどのように光を散乱させるかを予測するためにマクスウエルの方程式を使った。次に、そのパッチソリューションを近似的に「スティッチ」してまとめる方法を見いだした。これにより、ランダムにエッチングした表面全体で、光がどのように散乱するかを決定できる。
 この出発パターンから、研究チームは次に、トポロジー最適化として知られる数学の技術を適用して、何度も繰り返して各パッチのパターンを基本的に調整し、最終的に全表面、つまりトポロジーが望ましい方法で光を散乱させるようにした。
 Johnsonは、そのアプローチを目隠しして丘へ登る道を発見することに例える。望む光学効果を生み出すためにパッチの各ピクセルは、到達すべき、最適にエッチングされたパターンを持っていなければならない、比喩的に言えば、それはピークと考えられる。パッチの全てのピクセルで、このピークを見つけることが、トポロジー最適化問題である
と考えられる。
 「各シミュレーションで、どの方法が各ピクセルを調整するかを見つけようとしている。つぎに、再度シミュレートする新しい構造が得られ、このプロセスを続け、毎回、ピークに至るまで登り続ける、つまりパターンが最適化される」とJohnsonは説明している。
 チームの技術は、従来のピクセル毎のアプローチと比べると、わずか数時間で最適パターンを決定することができる。従来のアプローチは、もし直接大きなメタサーフェスに適用すると、実質的に手に負えない。
 開発した技術を使って研究チームは、いくつかの「メタデバイス」、様々な光学特性を持つレンズの光学パターンを素早く発見した。これにはどんな方向から来る光でも取り入れ、それを一点に集光する太陽集光器、色収差補正レンズが含まれる。色収差補正レンズは、様々な波長、色の光を共通の焦点で同一点に散乱させる。
 「カメラのレンズで、焦点を合わせると、全ての色が同時に焦点が合っていなければならない。青の焦点が合っていないなら、赤が焦点が合っていてはならない。したがって同一点に集光するように、全ての色を同じように散乱させるパターンを考えつかなければならない。また、われわれの技術は、それをする最高のパターンを作り出せる」と同氏はコメントしている。
 将来は、研究者は、その技術が示す複雑なパターンを作ることができるエンジニアと協働し、大きなメタサーフェスを作る。可能性として、もっと精密な携帯電話レンズや他の光学アプリケーション向けになる。
 「これらのサーフェスは、優れたオプティクスを必要としている、自律走行車、あるいはARのセンサとして作製できる。この技術により、遙かに困難な光学的設計に取り組むことができるようになる」とPestourieは話している。

図4 MIT数学者は、数100万の個々の微視的特徴の理想的な配置をメタサーフェス上に素早く決める技術を開発した。これにより光を指定された方法で操作するフラットレンズが造れる。研究チームは数100万の特徴をエッチングしてメタサーフェスを作製(左)。レンズのズームイン画像は、所望の光学効果が出るように、個々の特徴が特殊な方法でエッチングされている(右)。(Credit: Zin LIn)

図4 MIT数学者は、数100万の個々の微視的特徴の理想的な配置をメタサーフェス上に素早く決める技術を開発した。これにより光を指定された方法で操作するフラットレンズが造れる。研究チームは数100万の特徴をエッチングしてメタサーフェスを作製(左)。レンズのズームイン画像は、所望の光学効果が出るように、個々の特徴が特殊な方法でエッチングされている(右)。(Credit: Zin LIn)