EMC試験設備を新規に立ち上げる課題を与えられたとしよう。他の項目ももちろんだが、オープンサイト(OATS:Open Area Test Site)か、電波半無響室(SAC:Semi-Anechoic Chamber)のどちらを選ぶか、まず決めなくてはならない。どうやって決定するか? 試験所立ち上げ経験のある人にとっては、どちらを選ぶかは明らかだが、その決定にあれこれ影響しかねない事柄に、どう対応すればよいのか?
1.OATSの設計
OATSは基本的に、地上にRFエネルギーを反射する物がない広い場所として規格で規定されている。規格(CISPR16-1-4:3.1 版2012-07)によると、一般的には金属のグランドプレーンと最小限の何もない敷地が必要とされる。この敷地は受信アンテナとEUTを2つの焦点とする楕円の範囲内で、その長軸が測定距離の2倍、短軸が測定距離の√3倍であることが必要である(図1参照)。純粋なオープンサイトには、EUTあるいはサイト全体に風雨を防ぐ覆いはない。
2.SACの設計
SACは簡単に言うと、RF環境ノイズ(外来電波)のないOATSを模擬するため、RFシールドした部屋の壁と天井を電波吸収体で覆ったものである。以前は良いSACを設計するには科学技術と同様の能力が必要であり、エンジニアはいろいろな設計を試行錯誤してOATSと同じ要求に合わせる一方、製造コストを抑えるのに苦労していた。現在では、暗室メーカーは非常に品質のよい吸収体を使い、サイズ要求を相談すれば、すぐに想定される製品試験に合った顧客向けの設計が施設のレイアウトとなって出てくる。
3.OATSについて、さまざまな視点から考慮すべき事柄とは?
OATSのコンセプトは極めてシンプルであるが、その詳細は少々複雑である。何よりまず、OATSは一見、矛盾した要求を満たす場所に建設しなければならない。理想を言えばOATSは企業に近い便利な場所に建てたい。開発部署とOATSの間を行き来する距離と時間は最小限にして人員や機器類の移動に費やす非生産的な時間を減らすほうがよい。
OATSは、たとえ環境RF信号があったとしても最低限に抑える場所に建設しなければならない。つまり、電波(特にFM放送)やテレビ受信状態が悪い場所を選ぶということである。さもなければ、OATSの試験オペレータは受信する信号を全て識別して、EUTからの放射なのかRF環境ノイズなのか判断しなければならなくなる。また、これが唯一の放射試験施設の場合、(筆者の考えでは)地元のラジオ・テレビ局の電波に埋もれてしまって放射を完全に見逃す可能性が十分にありうる。
建設地の長円の最小寸法については、長年にわたり多くのエンジニアが不適切であると考えていた。米国カリフォルニア州CupertinoにあるHP 社のエンジニアは、寸法は倍の長さが良いと考えていたし、ワシントン州デュポンにあるインテルのエンジニアは、寸法を倍にしてもなおNSA要求に適合するには、さらに緩和策が必要だという調査結果を示した。これによると理想的な10 m OATS(測定距離10 m)には、遠隔地にある広大なグランドが必要となる。著者は30年ほど前に、倍の長さがある長円を持つ建設地に究極と思われる30 mのOATSを建設したが、そこは結局10 mしか使用せずに閉鎖した。偶然にも設備が過剰だったことは明らかだが、そこではグランド上の反射物による問題は全て排除できた。だが、このサイトには他の課題があったのである。
4.SACについて、さまざまな視点から考慮すべき事柄とは?
最初に考えなければならないのは予算である。SACの費用を会社が本当に払ってくれるだろうか? 10 mのSACは大きな施設であり、安価ではない。最低でもおよそ100万ドル(約1.1億円)、希望する大きさと機能次第では大幅に高くつくこともある。費用問題をクリアしたら、他に考慮すべきことは何か?
SACをどこに作ればよいか? SACが入るような建物は既にあるか?その場合、天井高は十分か?あるいは新しい建物を作っているのか?
SAC、測定室(または机)、試験サンプルを置く準備エリアなどは十分か? 試験機器および試験サンプル用の場所は十分にあるか?建物のレイアウトは利用しやすく便利なように考慮されているか?既存の建物内にSACを作る場合、その建物は適切だろうか? 電源、空調、圧縮空気についてはどうか? 製品を海外で販売するなら、試験所が建つ予定の場所では通常使わないような周波数および電圧の電源をどうやって調達するか?
5.OATSとSACの比較
次にOATSとSACの利点と欠点を、それぞれみてみよう。OATSは基本的に、設計・施工が比較的シンプルな施設である。
試行錯誤から学ぶ点も多いとはいえ基本はシンプルである。その点でSACに比べると建設費用が安いというメリットがある。「安価」といっても「比較的費用がかからない」という意味であり、OATSは数十万ドル(数千万円)プラス土地代で建設可能である。サイズ、グランドプレーンの建設方法、EUTやサイトを全天候型にするかどうかということによって、費用は大幅に高くなることもある。都心部ではどこでも土地代が主な費用となる。「比較的費用がかからない」というのは、他の項目にかかわらず経理担当にとって常に魅力的ではある。
反面、OATSはRF環境ノイズが最小である場所に建てなければならない。つまりラジオ・テレビ局が多数あり、他の無線サービスも稼働している都心部にOATSは作れない。以前は、ビルの屋上にでもOATSを建設していたのを筆者は見たことがある。「土地」は安価だったが、屋上にあるマストの先端にTVアンテナを設置する(当時、ケーブルTVは今ほどどこにでもあるものではなかった)ことと、OATSを屋上に作ることに違いがあるのかどうか自問する必要があった。つまりRFノイズの少ない環境が必要とされる試験所にとって最適な場所ではないことは確かだった。どんな場合でもRFノイズの少ない環境要求により一般的にオープンサイトは都心部から遠く離れた場所に作られ、サイトへの行き来にかかる時間のため経費は高くなる。また建設開始時にこの要求が特定の場所で満たされていたとしても、増え続けるRF環境信号が原因でOATSに適したロケーションが時間とともに使えなくなり、数年後には施設の破棄に至った例を筆者は知っている。
OATSの設計はシンプルに見えるが、「過剰に十分」に作ったことで問題が起こった例を見たことがある。前述した30 mのOATSでは、レーザー水準器を使って吹き付けた非常にフラットなコンクリート板の上にグランドプレーンを作った。優れたアイデアだが、カリフォルニアであっても降雨がないわけではなく、完璧に水平なコンクリート板は水はけが非常に良いとは言えなかったので、ケーブル接続ボックスなど地下の設備に水が流れ込むことになった。雨が多いことで知られている(米国)北西部にOATSが建設された時には、グランドプレーンはウッドデッキ上に作られ排水は問題にならなかった。EUT上のカバー用として使われる建材が違うと、伝搬速度が違うことに注意しなければならない。EUTとアンテナの間の壁は同一の設計にすること。でないと予期しない結果が起きてしまうだろう。この問題については、いつか筆者とビールを飲みながら話をしよう。きっと役立つはずである。
OATSは、運用上の問題を防止するため定期的なメンテナンスが必要である。アンテナマスト用の引き綱と支え綱は、太陽光の紫外線により劣化するので定期的に検査し取り替えなくてはならない。問題が高じると、この劣化によりアンテナがダメージを受けることになる(経験者は語る)。雷がアンテナマストを直撃するといったいどうなるか? これは実際に起こったことである。
OATSおよびその問題をSACと比較すると、SACには次のようなメリットおよび欠点がある(主要なもの)。
SACはスペースさえあればどこにでも作ることができる。屋内設計のため、地元のラジオ・テレビ局、また1500 Wのアンプを使用した合法アマチュア無線局であっても干渉の原因にはならない。部屋から道路を横切って延びる鋭い指向性アンテナを使った局でも問題はない。SACは適切に設計・施工されなければならないが、それも今日では大きな障壁とはならない。SACは建屋内に作るので天候からも保護されている。
SACは従来のOATSより便利な場所にあるので、試験所に行き来する人員の時間とコストを最小化できる。開発グループからごく近い場所に作ることさえ可能で、初期の実験的なものから最終品質試験まで全ての試験に非常に便利である。
アンテナマスト機構の定期的なメンテナンスも大幅に少なくなり、支え綱も同様である。OATSと違って、SACには対処すべき風も吹かない。もちろん点検して清掃すべき物はあるが、それほど頻繁にする必要はない。好奇心旺盛な人が吸収体の感触を知ろうと掴んだりすることで意図的でないにせよ吸収体を損傷しないよう保護する必要がある。SACの外にサンプルを置いて人々の好奇心を満たし、実際に使用中の吸収体を傷めないようにするのも一考である。
OATSと比較してSACが劣るのは費用面である。OATSの建設はSACより初期費用が大幅に少なくて済む。だが使用するにつれて、SACははるかに良い選択となるだろう。まあ、これは筆者の偏見であるが。
6.結論
筆者は10 mのSACのほうがOATSより好みであることを率直に認めている。何十年も両者を使ってきた経験から、そう言える。SACは、会社にとってはるかに便利な場所に建設できる。OATSに比べて大幅にスペースが抑えられ、一般的に保守作業も少ない。既存あるいは将来のRF環境ノイズに悩まされることもない。(土地の取得費用は無視したとしても)最初は建設に非常に費用がかかるものの、人員の行き来および保守にかかる費用は減るので施設の使用期間を考えれば低コストとなる。選択するのは読者(および会社)次第だが、新しいOATSの建設はほとんどないのに、なぜSACのメーカーは事業を継続しているのか自問してみる必要はあるだろう。
同様に留意してほしいのは、規格は時間とともに変わることである。(OATSかSACか)どちらを選ぶにせよ常に未来を予測し、将来的に修正が必要になった際に一から作り直さなくても済むよう設計することが望ましい。もちろん規格委員会は、そのような事態を避けようと努力しているが、無難に見えた変更が試験所設計に大きな影響を与えることもある。融通の余地を残しておくほうがよい。
2018年8月28日 by Ghery Pettit
著者紹介
Ghery S. Pettit氏はNARTE認定エンジニアで、Pettit EMC Consulting LLCの社長。Washington州立大学
卒業で、IEEEの終身シニア会員である。過去42年間、米国海軍、Martin Marietta Denver Aerospace、Tandem Computers、Intel Corporationに職を得て、EMC業界で長く活躍している。IEEE EMC Societyの元プレジデントで、現在は放送用受信機、IT機器、マルチメディア機器のエミッションとイミュニティ規格を担当するCISPR小委員会Iの議長も務めている。EMC試験所の設計および運営に携わり、さまざまなプロジェクトでEMC分析、設計、トラブルシューティング、試験サポートを実施している。またANSI C63.4、CISPR 22、CISPR 24、CISPR 32、CISPR 35など数多くのEMC規格の作成に貢献している。
連絡先:Ghery@PettitEMCConsulting.com
図1.ターンテーブルのある試験場における電波無反射領域
出典元(総務省):http://www.tele.soumu.go.jp/resource/j/inter/cispr/hyousi/c16-1-4.pdf