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相変化光メモリーの動作を超高速化するメカニズムを解明

September, 30, 2015, つくば--筑波大学数理物質系の長谷宗明准教授および産業技術総合研究所(産総研)ナノエレクトロニクス研究部門の富永淳二首席研究員らのグループは、格子振動(フォノン)の振動振幅を約100 fs(フェムト秒、1000兆分の1秒)の精度で光操作する技術を開発し、現在使用されている記録型DVDや次世代の不揮発性固体メモリーとして期待されている相変化メモリーの記録材料において、ほんの1 ps(ピコ秒)程度しか出現しない励起状態の観測に成功した。
 研究グループは、超短パルスレーザ光をマイケルソン干渉計を応用して励起光パルス対を生成し、超格子型相変化メモリー用薄膜(GeTe/Sb2Te3超格子薄膜)に照射することにより、光学フォノン(周波数約3.5 THz)の選択的励起とフォノン振幅の増強に成功した。また、この光学フォノンの選択的励起によって超格子構造中のTe原子を中心とした局所構造が、励起パルス対の照射後、約300 fsという極短時間で2種類の局所構造に変化してゆく過程を、コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化を測定することにより世界で初めて観測した。
 今回観測された超高速相転移現象は、これまで考えられてきた熱的な転移過程ではなく、非熱的な転移過程であることを強く示唆している。相転移が熱伝導率に依存するのではなく、レーザパルス対の時間間隔のみで制御できるという、全く新しい動作原理の超高速スイッチング相変化デバイスが可能になると期待される。
 産総研のグループが作製した、結晶性が極めて良質かつ配向制御されたGeTe/Sb2Te3超格子構造薄膜を使用し、筑波大学においてパルス幅40 fsの超短パルスレーザ光をマイケルソン干渉計により励起パルス対(P1 =10.6 mJ/cm2とP2 = 6.9 mJ/cm2の励起光エネルギー密度)にして照射し、Ge原子を中心とする局所構造のコヒーレント光学フォノン(周波数約3.5 THz)の選択的励起および振動振幅の増強に成功。GeTe/Sb2Te3超格子構造では、SET相と呼ばれる構造がGST合金での結晶相に対応し、またRESET相と呼ばれる構造がGST合金でのアモルファス相に対応している。
 また、このコヒーレント光学フォノンの振動振幅の増強により結晶格子が大きく変調され、Te原子を中心とした局所構造が光照射後290 fsで格子変形し、もともと1種類だった局所構造から2種類の局所構造が発現してゆく様子を、コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化から捉えることに世界で初めて成功。この2種類の局所構造は、第一原理分子動力学計算の結果との比較などから、もともと配位価数が6配位(GeTe6)だった結合状態が、4配位(GeTe4)と3配位(GeTe3)に分裂して出現したものと考えられる。
 比較のためGST合金の薄膜についても同様に励起パルス対を照射したが、コヒーレントフォノンスペクトルの時間変化からは2種類の局所構造の発現は確認できなかった。これは、同様のレーザパルス光のパワー照射下では、GST合金よりも相転移スイッチングの特性をあらかじめ第一原理計算によるシミュレーションなどで設計された人工結晶構造である超格子構造の方が、Ge原子を中心とする局所構造の変化が発生し易いことを示している。また、その転移速度は、フォノンの振動周期とほぼ同等であることから、今回観測された局所構造転移は、通常10 ps以上を要する従来の熱的な相変化過程ではなく、Ge原子とTe原子に束縛された価電子励起のみに依存する非熱的な反応過程であることを示唆している。このように、相変化光メモリーの動作を超高速化するためには、超格子構造を持つことと、フェムト秒レーザの励起パルス対の組み合わせが重要であることを発見した。
 研究成果は、現状の相変化光記録膜や相変化メモリーの相転移過程を1 ps以下の時間で制御できることを示している。これにより、相変化メモリーの書き換え速度をこれまでより1000倍以上高速化できるだけでなく、相転移スイッチングを光スイッチとした光通信などにおいて高ビット数の情報の転送が可能となる。
 また、GeTe/Sb2Te3超格子構造薄膜の相転移をフェムト秒の超高速パルス対で誘起できれば、コンピュータのプロセッサにも応用できるTHz周波数帯域での書き込み・消去可能な超高速相変化メモリーが可能になり、シリコンベースのプロセッサのGHz周波数帯域の性能を凌駕する潜在能力も秘めている。さらに、今回得られた超高速相転移は、シングルパルス励起では観測されず、励起パルス対の照射でしか観測できないこと、および励起パルス対の時間間隔に依存することから、従来の熱的な転移過程ではなく、非熱的な転移過程であると考えられる。熱伝導率に支配されることなく、レーザパルス対の時間間隔のみで相転移を制御できる、新しいタイプの超高速相変化メモリーデバイスの創製につながる。
 さらに、超格子構造を改良し、相転移スイッチングに必要なレーザパワーを省力化し、かつスイッチング動作をさらに安定化できれば、デバイスサイズの極小化も可能で、超高速相変化メモリーデバイスの実現も期待できる。
(詳細は、www.aist.go.jp)