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感光性スイッチが学習や記憶を促進

September, 4, 2015, Munich--ルートヴィヒ・マクシミリアン大学(LMU)の研究チームは、赤い光に感度があるスイッチを開発した。これはシナプス可塑性の神経生物学に関わるタンパク質を調整する。その化学物質は、学習、記憶および神経変性現象に新たな光をもたらすものと見られている。
 学習は、脳の神経細胞の機能的接続が絶えず再形成されることによって可能になる。こうしたリンク(シナプス可塑性)の活動依存の変更の結果、繰り返し刺激される回路が、一段と効率的に信号を伝達することを「学ぶ」。このプロセスは学習や記憶の分子基盤を提供すると考えられており、これによってそのようなネットワークにエンコードされた情報が新たな状況で呼び出され利用される。変更の最初のターゲットは、神経細胞膜の特殊な受容タンパク質で、これは個々のニューロン間の電気信号の伝送を仲介する。LMU化学生物学と遺伝学教授、Dirk Traunerの研究チームは、パリのパスツール研究所の研究者と協力し、記憶の形成と蓄積にとって重要な特殊受容体の活動を制御できる光依存のスイッチを合成した。合成物は、短期記憶および長期記憶の根拠をなす機構の探求に関心を持つ研究者には強力な新規ツールとなる。
 個々の神経細胞は一般に化学的メッセンジャを使って互いに通信する。こうしたいわゆる神経伝達物質は、信号伝達ファイバ(軸索)端の特殊シナプス構造から発せられ、シナプス間隙に拡散する。化学物質は、「ポストシナプス」ニューロンの受容体に結合する。ポストシナプス細胞がどのように反応するかは神経伝達物質の性質と対応する受容体とに依存する。PhD学生、Laura Laprellによると、「これに関連して、いわゆるNMDA受容体が特別である。それは、記憶を形成し学習する能力をもつと言うことに主に関与している」。
 研究チームは、アゾベンゼン-トリアゾール-グルタミン酸塩(ATG)という化学物質を合成した。これは、NMDA受容体で感光性神経伝達物質として機能する。これにより、実験室で高特異性と精密性を持つこれら受容体を初めて活性化、非活性化できるようになっている。さらに、他の光学スイッチと対照的に、ATGは受容体に永久結合するのではなく、プリシナプスとポストシナプス細胞間のシナプス間隙に自由に拡散する。論文の筆頭著者Laura Laprellによると、ATGは光のないところでは完全に不活性であり、それが受容体に結びついてポストシナプス細胞の脱分極を起こすに先だって光を当てなければならない。つまり「活性化するためには、その神経細胞はまず光にさらされなければならない」。その後のUV光照射は、ミリ秒以内にATGを不活性化する。したがって、受容体の活動を時間ドメインで極めて正確にコントロールできる。
 「ATGは、暗闇では完全に不活性であり、副作用がない。また、赤色光では非常に正確に活性化できる。この目的のために、2光子活性化を利用する。これは、分子が2つの低エネルギー光量子の素早い連続にさらされる最先端の方法である。赤色光は、生きた組織により深く浸透するという利点もある」とTrauner教授はコメントしている。
 新たに発見したNMDA受容体の活動を調整する能力が、シナプス可塑性や記憶形成の基礎をなす機構に新たな洞察につながるものと研究チームは期待している。NMDA受容体は、アルツハイマーやパーキンソンなどの神経変性病を促進し悪化させることにも関わっている可能性もある。