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Science/Research 詳細

光化学系Ⅱ複合体の正確な三次元原子構造を解明

November, 28, 2014, Okayama--岡山大学大学院自然科学研究科の沈建仁教授の研究グループは、X線自由電子レーザ(XFEL)施設SACLAを用いて、光合成による水分解反応を触媒する光化学系Ⅱ複合体の構造を1.95 Å分解能で正確に突き止めた。
 研究グループには、、菅倫寛助教、秋田総理助教、理化学研究所放射光科学総合研究センター利用システム開発研究部門ビームライン基盤研究部の山本雅貴部長、同生命系放射光利用システム開発ユニットの吾郷日出夫専任研究員が属している。
 光合成の酸素発生反応は、太陽の光エネルギーを利用して生物が利用可能な化学エネルギーに変換するとともに、水を分解し、生物の生存に必要な酸素を作り出している。この反応を行っているのは、藻類や植物の葉の中の葉緑体にある、光化学系II複合体と呼ばれるタンパク質複合体。この複合体は19個のタンパク質からなる、巨大かつ極めて複雑な膜タンパク質複合体。
 沈教授らの研究グループは2011年、日本の温泉由来のラン藻の一種から取り出した光化学系II複合体の良質な結晶を作成し、その構造をSPring-8の放射光X線を用いて1.9Åという非常に高い分解能で解析した。それまで未解明であった水分解反応を担う触媒中心の構造を明らかにした成果は、アメリカの科学雑誌「Science」によって、2011年の科学上の10大発見に選ばれた。しかし、X線結晶構造解析で使用するX線回折写真の撮影に必要な数秒間のX線照射の間に、水分解反応を担う触媒中心の一部がX線による放射線損傷を受け、本来の構造とわずかに異なっている可能性があった。
 今回、X線による放射線損傷の影響のない光化学系IIの本来の構造を解析するため、SACLAのX線自由電子レーザを利用した。X線自由電子レーザのパルスX線は、1パルスでX線回折写真を撮影できるほど極めて明るく、かつ、1パルスの継続時間が10フェムト秒(fs)と極めて短いため、X線による放射線損傷で分子の構造変化が起こる前に、X線回折写真を撮影することが可能。
 研究グループは、SACLAで開発した「フェムト秒X線結晶構造解析法」と世界最高品質の光化学系IIの結晶を作成する技術を組み合わせることで、光化学系II複合体の放射線損傷を受けていない本来の構造を、1.95 Å分解能で詳細に解析することに世界で初めて成功した。今回の解析で明らかにした無損傷のMn4CaO5クラスタは、これまでSPring-8の放射光を用いて得られた構造よりも原子間の距離が0.1~0.3 Å程度短くなり、触媒の本来の構造を反映している。この構造から、水分解反応の機構に関する新しい知見が得られた。
 光化学系II の触媒中心であるMn4CaO5クラスターは周りのアミノ酸が協調的に構造変化することにより、周期的な5つの中間状態を経て極めて効率の高い水分解反応が行われているが、その動的メカニズムの詳細は不明なままである。今回の研究の成果は、光化学系IIの反応周期の第一状態について反応性を維持したままの本来のMn4CaO5クラスターと周辺の構造を明らかにしたものであり、太陽の可視光エネルギーを利用した水分解反応を人工的に実現するための触媒の構造基盤を提供した。この反応を模倣した「人工光合成」が実現すれば、光エネルギーを高効率で電気エネルギーや化学エネルギーに変換できる。この様な、夢の「人工光合成」は太陽からのクリーンで再生可能な、無尽蔵な光エネルギーを高効率で利用することを可能とし、人類が直面するエネルギー問題、環境問題、及び食糧問題の解決にもつながるものと期待される。
(詳細は、www.okayama-u.ac.jp)