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有機分子ワイヤを通る電子移動速度の高速化を実現

September, 2, 2014, Tokyo--東京大学と、ドイツの国際共同研究グループは、COPVと名付けた新開発の有機分子ワイヤ中を電子が通る速度(電子移動速度)が、既存の分子ワイヤに比べて840倍程度も速くなることを発見した。研究チームは、東京大学大学院理学系研究科の助川潤平博士、辻勇人准教授、中村栄一教授のグループとドイツのフリードリヒ・アレクサンダー大学のグルディ教授グループで構成されている。
 高速化の要因としては、①分子ワイヤで連結されている電子供与体(電子を提供する物質)と電子受容体(電子を受け取る物質)間の電子的相互作用(電子的カップリング)の増大と、②非弾性トンネリング注1)と呼ばれる非線形効果の関与を示唆する結果であった。特に、②のような効果は、これまで量子ドット等の無機半導体やカーボンナノチューブ(CNT)等の炭素クラスタ(炭素原子で構成される物質)等では観測されていた一方で、有機分子ワイヤでは、基板上に固定した分子を極低温(約-270℃)等の条件下で観測した例に限られていた。今回、設計可能な有機分子ワイヤで常温駆動する初めての例として、基礎科学的重要性とともに、常温駆動する単分子エレクトロニクス素子等さまざまな方面への応用も考えられ、高機能・省電力な分子コンピューターの開発や早期実現に貢献するものと期待される。
 携帯端末からスーパーコンピューターまで、さまざまな情報機器の高密度化や省電力化を目指して、1個の電子でスイッチングや演算が可能なナノ~ピコメートルサイズの分子の素子の開発が望まれている。また、素子同士の配線のための分子ワイヤの開発も活発に研究されている。分子ワイヤとしてはπ電子共役系有機分子が有望とされており、これまでオリゴ(フェニレンビニレン、OPV)等のさまざまな分子が研究されてきた。
 中村教授、辻准教授らのグループは、OPVを炭素原子で架橋した構造を持つ「炭素架橋フェニレンビニレン」(COPV)と名付けた有機分子を開発し、2009年に最初の報告をしている。COPVは剛直な平面構造という特長に由来する電子共役効果が顕著であり、強い光吸収特性や量子収率100%の発光特性、多段階の可逆的酸化還元特性、高い安定性等のさまざまな優れた特性を示し、有用な有機材料として注目されている。
 今回、このCOPVを分子ワイヤとして応用すべく、COPVの両末端に電子供与体(D)と電子受容体(A)を連結したハイブリッド分子を合成し、グルディ教授らとの共同研究として光誘起電子移動の実験を行い、分光学的手法によってCOPVを介したD-A間の電子移動速度を評価した。その結果、マーカスの逆転領域と呼ばれるエネルギー領域で顕著な電子移動速度の増大が認められ、既存のOPVを分子ワイヤに用いた場合と比較して840倍程度も速くなっていることを発見した。
 COPVを用いた場合での高速化の要因としては、分子ワイヤで連結された電子供与体・受容体間の電子的相互作用の増大(共役効果に由来)の寄与に加えて、非弾性トンネリングと呼ばれる非線形効果の寄与を示唆する結果であった。このような効果が得られた背景には、COPVの構造的特長ならびにこれに起因する電子的性質が関与している。一般に既存の分子ワイヤは構造的柔軟性が高いのに対し、COPVは剛直な平面構造を有している。今回、このような構造に起因する電子的性質によって非弾性トンネリングを引き起こす要因となる電子-振動カップリング(e-vカップリング)が大きくなっていると推測される。
 e-vカップリングは、これまで量子ドット等の無機半導体やカーボンナノチューブ(CNT)等の炭素クラスタで観測された例があるのに対し、明確な単一構造を持つ有機分子ワイヤでは、金属基板上に置かれたπ共役分子をマイナス270度程度の極低温で観測した結果など、ごく限られた条件に留まっていた。ハイブリッド分子中の分子ワイヤとして、常温・溶液中でe-vカップリングの寄与が示唆されたのは今回が初めてであり、「電子移動研究における30年来の興味の対象であった現象の観察例」として重要なマイルストーンと位置づけられる。
(詳細は、www.jst.go.jp)