コヒレント特設ページはこちら

Science/Research 詳細

異なる原子の光格子時計を短時間で比較することに成功

March, 2, 2016, 東京--東京大学 大学院工学系研究科の香取秀俊教授(理化学研究所 主任研究員)、理化学研究所のNils Nemltz国際特別研究員らの研究グループは、異なる原子を用いた光格子時計を世界最高精度かつ短い計測時間で比較することに成功した。
 光格子時計は、現状で最も精度よく時間を計測することを可能にする原子時計の一種であり、次世代の時計として世界中で高精度化を目指して開発が進められている。高い精度で時間を計測できていることを確認するには、同等以上の精度の2台の原子時計で比較することが必要だが、従来は計測に数カ月もの時間がかかっていた。
 研究グループは、イッテルビウム原子とストロンチウム原子を「魔法波長」で作られた光格子の中に捕獲・計測する光格子時計の手法を使って、計測時間を大幅に短縮して周波数を比較することに成功した。この結果、国際単位系の1秒の実現精度をはるかに上回る5×10-17の不確かさで周波数比を決定し、これまでの異なる原子時計比較の精度の最高記録を更新した。加えて、光格子時計の安定性をさらに向上させたことにより、これまでの最速計測時間より90倍も速い150秒で2台の時計の比較を実現した。
 このような異種原子時計の超高精度な比較は、物理定数の恒常性の検証を可能にし、素粒子の標準理論を超える新しい物理の解明に役立つと期待される。
2台の完全に同一な時計の比較による周波数差の測定は、あらかじめ答えが分かっている測定であり、その差はゼロになるはず。一方で、異なる時計の比較は、一般に周波数の比で表され、その比は非自明な物理量を与える。周波数比は、「秒」の定義の精度に依存せず、比較する時計の精度で決定されるもので、世界中の研究室で共有や比較ができる。
 研究では、異なる原子を用いた時計の周波数比を測定した。測定のために新たなレーザシステムを構築し、光格子時計でイッテルビウム原子を捕捉し、原子の振り子の振動数を測れるようにした。なお、イッテルビウム光格子時計で周波数シフトを精密に評価することで、2009年に米国の標準研究所で実現されていたイッテルビウム光格子時計よりもさらに10倍の高精度化に成功した。
 イッテルビウム原子とストロンチウム原子の周波数を比較し、周波数比は1.207 507 039 343 749±0.000 000 000 000 000 055となり、不確かさは4.6×10-17となった。現在、最も正確なセシウム原子時計でも10-16の不確かさでしか周波数を決定できないので、国際単位系による絶対周波数測定の限界を超えた高精度な比較を実現できたことになる。これまでの最高精度であった単一イオン時計の周波数比測定の不確かさ5.2×10-17と比較しても、それを上回る世界最高精度を達成したことになる。
 原子時計の精度を上げるためには、ノイズを平均化するための多数回の測定が必要となるが、光格子時計は多数の原子を捕獲することによって、この多数回の測定を一度に並行して行うことができる。このため、短い時間で高精度な時間を計測できるようになる。
 また、ノイズを生じる他の要因として、原子を励起するレーザ光の周波数揺らぎがある。この影響を取り除くために、「同期比較」という手法を用いた。この手法は、励起レーザ光の周波数揺らぎが比較する時計で共有されているときのみ、有効に働く。今回のイッテルビウム原子(578nm)とストロンチウム原子(698nm)のような異なる共鳴周波数を持つ時計間でレーザ光の周波数揺らぎを共有することは、大きな挑戦だった。研究グループでは、赤外のレーザ光源と光周波数コムを用いて、イッテルビウム原子の励起レーザをストロンチウム原子の励起レーザに対して制御することにより、これを実現した。
 その結果、今回の異原子光格子時計比較では、同期比較によって4倍の高速化を実現することがでた。また、単一の水銀イオン時計とアルミニウムイオン時計の周波数比の測定との比較では、90倍の高速化が実現され、イッテルビウム光格子時計とストロンチウム光格子時計の周波数比の測定は、わずか150秒で5×10-17の不確かさに到達した。
イッテルビウム光格子時計とストロンチウム光格子時計の周波数シフトの評価を改善することによって、将来的には、単一イオン時計では数カ月かかる1×10-18の精度を、光格子時計では2日以内の計測時間で実現できるようになる。このような時計比較は、次世代の時計としての信頼性を担保し、新しい「秒」の定義へ移行するための推進力となることが期待される。
 超精密な時計比較は、既存の手法では観測できない物理現象の探索を可能にする。例えば、宇宙の質量の大半を占めながら観測されていないダークマター(暗黒物質)は基礎物理定数を変化させる可能性が指摘されているが、これらは異種原子時計の周波数比の変化として検証可能。光格子時計の比較は、その突出した精度と安定度によって、新しい物理を切り拓く高感度な探索装置としても機能する。
(詳細は、www.jst.go.jp)